サトルです。
最近、皇位継承問題をめぐる新聞各社の社説や、識者・政治家の発言を読んでいると、ある種の“収束”を感じる場面が増えてきました。
以前は、
・男系男子か ・女性天皇か
・養子案か ・旧宮家か
といった、いわば「制度案そのもの」の議論が中心でした。
もちろん、それ自体は重要です。しかし最近は、少しずつ論点が変わり始めているようにも見えます。
—
【制度案そのものから、「制度の正統性」へ】
最近、各紙の社説や議員発言を見ていると、
・国民の総意 ・制度の正統性 ・象徴天皇制
・国民理解 ・拙速な制度変更・長期的な制度持続
といった言葉が、かなり増えてきました。
例えば最近でも、
・「制度が国民意識とズレることには問題がある」
・「国民の納得と信頼があっての象徴」
・「国民の総意に基づくという象徴天皇制の拠って立つところ」
といった発言が、立憲民主党の女性議員から相次いでいます。
つまり、
「どの案を採用するか?」だけではなく、「象徴天皇制を支える立憲秩序を、どう維持するのか?」という問題が、前面に出始めているように感じます。
【なぜ今、「憲法第1条」なのか】
特に最近、頻繁に見かけるのが、日本国憲法第1条への接続です。
日本国憲法第1条には、「天皇の地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」
とあります。ここで重要なのは、
「人気があるからOK」
という単純な話ではない、ということです。
逆に、「国民はこう言っているのだから、それだけで制度を決めればよい」という話でもない。
私はむしろ、
・国民感情 ・立法府 ・制度
・正統性 ・象徴としての受容
これらが、どのように接続されているのか。そこが、今まさに問われ始めているのではないか、と感じています。
【各新聞社が見始めているもの】
最近の新聞社社説を読んでいると、
・「国民理解」 ・「国民との乖離」 ・「制度の正統性」
・「立法府の総意」 ・「拙速への警戒」
を繰り返し論じています。
これは単なる政治的駆け引きというより、「象徴天皇制そのものの支持基盤を、どう維持するのか?」という問題意識に、少しずつ移ってきているように見えます。
また、最近の与野党協議でも、「立法府は何を正面から議論すべきなのか?」という問題提起が、徐々に表面化し始めています。
【「危機煽り」をしたいわけではない】
もちろん、現段階で、「憲法秩序が壊れる」などと断定したいわけではありません。そういう危機煽りをしたいわけでもない。
ただ、
・制度は何によって支えられるのか?
・立憲秩序はどう維持されるのか?
・逆に、どういう時に弱っていくのか?
については、少し丁寧に考えてみる必要があるのではないか。
そう感じています。
文章が下手で申し訳ないですが、読んでもらえれば、今回やりたいことは少し伝わるかなと思っています。
—
【次回予告】
次回は、
小室直樹氏の『日本人のための憲法原論』なども参照しながら、「憲法は“存在”しているだけで、生きていると言えるのか?」という、立憲主義の基本問題について、今回の皇位継承問題を考える足掛かりとして、少し整理してみたいと思います。
1 件のコメント
サトル
2026年5月28日
掲載ありがとうございます。
本連載は、思うことを、かなりくどくど丁寧すぎるくらい書いています。
毎回びっくりの長文です。
皆様いろいろ思うとこ…あるでしょうが、私としては、その7…まで辛抱して(汗)読んでいただければ…と願う次第です。