8/30に、こちらの記事が配信されました。
皇室典範の男系男子は伝統か 「発見者」の井上毅なら今どう考える [皇室典範の改正]:朝日新聞
皇室担当中田絢子記者です。
男系継承が色濃く反映された改正皇室典範が10月24日に施行される。一方で、「男系男子による皇位継承」は明治時代に初めて明文化され、「古来の伝統」との主張に懐疑的な見方もある。この間の議論を明治立憲体制の研究者はどうみたのか。国際日本文化研究センターの瀧井一博教授は男系継承よりも重要だとする今後の論点を指摘する。
と始まります。
瀧井教授は、男系男子継承が明文化され法律になった背景を、
時代の要請と国際標準に合わせた結果だとみています。当時の欧米列強をみれば、君主はみな軍の最高司令官で、その多くが男性であって「軍服」を着るわけです。明治天皇も即位から数年で軍服を着て人前に姿を現しました。 日本も欧米列強の国際秩序の中に参画していこうとするならば、やはり同様の「君主」を持つ「文明国」となる必要がありました。幕末以降に結んだ「不平等条約」の改正を目指す日本にとって、国家のあり方はグローバルスタンダードにかなう必要があったのです。
と答えています。
「国家のあり方は、グローバルスタンダードに叶う必要があった」
令和の世、2020年代のグローバルスタンダードは何だろう。
そして瀧井教授は、井上毅、そして大日本帝国憲法、皇室典範の制定に多大な影響を与えたウイーンの学者ローレンツ・フォン・シュタインを挙げ、
シュタインのアドバイスは、皇位継承の際に混乱が起きないようにあらかじめ継承順位はしっかりと法定しておくべきだということでした。その上で、まずは男系男子、なかでも長子が優先することや嫡出(ちゃくしゅつ)子が原則であることなどの考えを示し、明治憲法や旧皇室典範の制定作業に大きな影響を与えたと考えられます。
そして
「男系男子による皇位継承」があたかも古来の日本の唯一の原理だというふうな主張は説得力に欠けると思います。
と述べています。
男系は伝統でも何でもない。
明治時代の研究者もこちらの結論を書いています。
そして「現代に伊藤博文、井上毅がいたら」皇室典範はどうなっていたかを瀧井教授に問うと
明治時代には皇位継承を「男系男子」に限定することのみならず、生前退位の否定や、男性皇族と結婚した女性は共に皇族になるというそれまでにはなかったルールがいくつも導入されました。一方で、正妻以外の女性が産んだ子による継承の可能性は残されるなど変わらなかったこともあります。
井上毅はすべてをセットで考えていたと思います。男系男子にこだわるのであれば、ある程度、皇族の数を確保しておく必要があります。天皇家が変わらずに続いてきたという「万世一系」をいかに保つのかがまず第一の目的であり、そのためのセーフティーネットは何か、ということを考えていました。
男系で繋ぐなら、側室とセットですね。そのセーフティーネットが現在はありません。
万世一系をどうつなぐのか。
瀧井教授は、男系固執の人たちは「戦後レジームの脱却」を目指し、明治に回帰しようと考えているのではないかと説き、
今回の皇室典範議論は、明治時代に創り出されたものを死守するというような発想にも見えます。しかし、長らく続いてきた皇統が絶えるかどうかという現代の局面においてその発想では耐久性のある制度はつくれないと思います。
また、天皇のあり方や期待される役割は時代に応じて変化しています。「男系男子」に過度にこだわると、明治以降、天皇家が内実を築いてきた国民統合の基軸や象徴という重要な機能が失われ、多くの国民が皇室に期待している役割にもそぐわないあり方になると危惧しています。
もしも伊藤博文や井上毅が現代に存在していたならば、今にふさわしい皇室のあり方や諸外国の制度を綿密に調査した上で、当時とは別の方策を考えたのではないでしょうか。
井上毅も令和の世には、男系固執を考えなかったのでは?
グローバルスタンダードは?
国民の声は?
男系は伝統?
いろいろ考る材料をくださった朝日新聞、中田絢子記者に激励のメールを送りましょう。
文責 愛子天皇への道サイト運営メンバー ふぇい