森先生のこれでいいのか「旧宮家養子案」第34弾です。
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サンデー毎日:12年の女性宮家議論は一体どこへいったのか 成城大教授 森暢平
宮内庁からの働き掛けによって、女性皇族が結婚しても皇室に残る案の検討が始まったのは民主党の野田佳彦内閣のもと2012(平成24)年である。結局、民主党政権の瓦解によって、当時の議論は現在、ほとんど顧みられていない。あのときの議論はどこへいってしまったのか。
と始まる今回。
第33弾でご紹介したように、女性宮家創設は上皇さまの願いでした。
その願いを形にするため、野田政権(当時)は有識者へのヒアリングを開始します。
聴取は7月5日までに6回、計12人を対象に行われ、女性宮家に肯定的だったのは今谷、田原、山内のほか、▽憲法学の京大大学院教授、大石眞▽経済学の京大名誉教授、市村真一▽皇室制度史の静岡福祉大教授、小田部雄次▽日本法制史の京都産業大名誉教授、所功の7人。一方、明確に反対したのは、櫻井、百地のほか▽日本法制史の早稲田大教授、島善高▽憲法学の高崎経済大教授、八木秀次の4人である。日本政治史の慶應大教授、笠原英彦は中間的な意見だった。
女性宮家に肯定的だった方が多いですね。
このヒアリングを伝えた記事の中で興味深いのが、
ジャーナリスト、櫻井よしこは、「政府の設問自体に無理がある。政府は、女性宮家の創設問題は皇位継承の問題と切り離すというが、これら二つは表裏一体の切り離せない問題である。一代限りの女性宮家にしても、必ず崩れて変質し、結果、男系天皇で幾世代も続いてきた皇統が女系天皇に移ることになろう」と反論した。「女性宮家」はいずれ女系継承につながるから、認められないという意見である。
ファラオはすでに「女性・女系天皇はセット」とこの時わかっていたのですね。
今の「女性はいいけど、女系はゴニョゴニョ」という議員に聞かせてあげたい!
(セットだから認められないというのはどうしようもないですが)
このヒアリングの中で、女性皇族に皇籍離脱後も『内親王』『女王』の尊称を認め、直接陛下公的に支えるシステムを構築すべきという「尊称授与案」が提案され、実際陛下を支える制度であればこれでもなんとかなってしまう。
内閣参与の園部逸夫氏は
「女性宮家という言葉は、私は最初から使っていない。マスコミの方で広がり、女系天皇になるのではないかというようないいがかりを付けられて迷惑している。天皇陛下の大変な数のご公務を分担して減らすというのが最大の目的である」(3月29日のヒアリング)
と話し、
森先生は
建前を前面に出さざるを得なかったのだろうが、この曖昧さが、議論を錯綜(さくそう)させた面は否めない。
と書いています。
それだけ女系天皇に当時は風当たりが強かったのでしょう。
当時愛子さま11歳。上皇さまの心中穏やかでないのが想像以上に感じられます。
そして、
民主党政権は10月5日、「皇室制度に関する有識者ヒアリングを踏まえた論点整理」を公表した。結論は、女性皇族が結婚しても皇族の身分を保持するとともに、夫や子に皇族の身分を付与する案(Ⅰ―A案)、女性皇族が結婚しても皇族として身分を保持するが、夫や子には皇族の身分を付与しない案(Ⅰ―B案)が明記された。一方、尊称授与案は、門地差別を禁じた憲法第14条との関係から実施は難しいとしながら、Ⅱ案として、女性皇族が婚姻後、国家公務員として活動を支える案が新たに提案された。Ⅰ―A案、Ⅰ―B案が「本命」だが、保守派に配慮してⅡ案も載せる両論併記としたのである。
額賀議長の呼びかけに立憲民主党から提出された論点整理の中にもこちらは書かれています。
令和になり、この論点整理から踏み込んだものになってないのはなぜなのでしょう。
立憲民主党の中に、ごく一部ではあるが男尊女卑がはびこっている証左なのではないでしょうか。
その後民主党は選挙で大敗し、陛下の願いは自民党の安倍首相(当時)によってもみ消され、新たに始まった令和の「有識者会議」では、女性宮家に全く触れない酷い報告書が出されました。
陛下の願いは、いつ、誰がかなえるのでしょうか。
これ以上先送りできないものを先送りしようとする国会議員に積極的にかかわっていかなければ、
本当に皇室は終わります。
改めて皇統クラブ活動を行っていこうと感じました。
森先生の次回作を楽しみにしています。