引き続き色々言われるも諦めない航空参謀、源田実氏をご紹介します。(前回のあらすじを含みます。)
敗戦が続き、山本五十六長官が戦死した後、その副官達が特攻隊と特攻兵器を押し出していく中、上層部は特攻で戦艦を撃沈させた事から、次々と特攻を打診しパイロット達と機体を損失させていき、益々戦況を悪化させた後に、制空権と戦闘機って大事じゃない?と言い出します。それには、
“はあ!?ふざけんじゃねぇぞ、この野郎!!”
源田実氏は再三言って却下され続けていた制空権と戦闘機について、制空権を獲得できないこと、つまり戦闘機隊が負けていることが戦争に負けている原因であり、(だから)制空権を獲得して米国の攻勢を食い止めることを主張していたわけですが、上層部達がようやく危機的状況になってから源田実氏の案に乗り、源田実氏を第三四三海軍航空隊、通称「343空」の司令官に任命しました。ようやく源田実氏は自分の才をふるい、国を護れる343空司令に就任し、松山基地に着任しました。
源田実氏はまず早速基地の環境を整え、指揮所、宿舎、整備補給拠点の分散設営、分散整備態勢の確立、指揮所通信網・情報収集機能の充実、特に航空隊レベルを超えた指揮通信網の整備を行いました。アメリカのレーダー受信出来るよう、レーダー、見張り所、上級司令部をつないだ情報ネットワークの形成し、最もいいタイミングで戦えるように米機動部隊の情報を送る連絡将校を陸海軍に派遣し、不良状態だった無線電話の実用化に注力し、後に「この時ほど、日本海軍において、地対空、空対空の無線電話が活用され実績を挙げた例はほかにはないと思う」と語られた程です(ウィキペディア参照)。更に、物資調達とパイロット登用にありったけの策謀と胆力、情熱で当時のベテランパイロットや零戦より攻撃力、馬力がある紫電改を手に入れ、最強の航空部隊を創りました。この時、機材、人材に独占感もあり一部から非難もあったそうですが、この頃の源田実氏は”持てる才知全力で注ぎ、冥土の土産に暴れまくってやろう!”と意気軒昂で、大西瀧治郎氏から言われた、「正しいことを正しいと認めることが大切なのであって何が国のためになるかで考え無節操と罵られようとも意に介すな」を支えに、非難して来た軍人達を論破等して我が道を行ったそうです。
また、343空のパイロット達には、源田実氏は直接口説いたり上層部にあの手この手と射止めた、腕が覚えあり、勇猛果敢で癖が強い面々を集めました。飛行長として源田実氏は共に作戦、戦略を張り巡らせられる指揮官、縁の下の力持ち(隊のお袋の役割含む)タイプとして志賀淑雄大尉を抜擢しました。志賀淑雄大尉は一見、穏やかな優男風の雰囲気があるパイロット姿が印象的な人ですが、源田実氏直属のアクロバット隊、源田実サーカス団の一人で、数々の激戦を潜りぬけたパイロットであり、上司にも忌憚なく直言を言い、イザコザがあって転属した際に源田実氏が目をかけていた一人です。
また、戦闘機隊長に鴛淵孝大尉、林喜重大尉、菅野直大尉を抜擢しました。鴛淵孝大尉は性質温厚で、紅顔の好ましい青年であると言われ、こと戦闘となれば、その温厚さも吹き飛んでしまうような闘士であったそうでラバウル、ソロモン、東ニューギニアにおける航空戦に参加し、
戦闘第三〇四飛行隊長に就任後、占守島進出、北千島防空に従事し、台湾沖航空戦に参加したベテランパイロットです。
林喜重大尉は鎌倉の浄明寺に生まれた人で、重巡艦の乗組員を得て戦闘機を学び、人からは「ウィットに富みユーモアのある明るい人でよくみんなを笑わせていた」と言われていたそうで、ラバウル、フィリピンで戦っていました。また、彼は源田実氏曰く、林は大人しい鴛淵大尉とやんちゃな菅野大尉の中間の性格であったが、どちらかと言えば、無口で地味な方であり、部下を愛し、部下には肉親の如く敬愛され、親の語られるところによれば小さい時から体も小さく、頑丈な方ではなかったらしいが、芯は強く、一度目標を定めたが最後、梃子でも動かないところがあったと評していたとあります。
菅野直大尉は飛行学生時、危険な場にも着陸しようとしたりして戦闘機を良く壊す事からデストロイヤーと呼ばれたそうで、海軍内の航空隊にまで知られたそうです。また上司でも敵でも噛みつく(意見をするなど)性格からブルドッグとも渾名をつけられたと言われる、きかん坊の異端児です。菅野直大尉は、パラオにて大型重爆攻撃機を迎撃する日々を送り、その中で部隊はパラオで大型重爆攻撃機を迎撃する日々を送っていました。その中で対大型爆撃機戦法を考案し、実践したりし、彼の戦法はと言うと、直上方から大型重爆攻撃機を攻撃する戦法で、前方高度差を1000メートル以上取り、背転し真っ逆さまに垂直で敵編隊に突っ込み死角となる真上から攻め主翼前方を抜けるという荒業神業と言えるもので、これを成功するには技術力、体力、胆力が必要不可欠だったそうです。
また、その戦い方から菅野大尉の機体の黄色のストライプ模様をアメリカのパイロット達から恐れられ、「イエローファイター」と呼ばれたとあり、戦えば勇猛果敢、味方からは頼もしいパイロットです。また、源田実氏からは、勇猛果敢で戦術眼もあり、戦闘技量も抜群で、三四三空を編成する時に真っ先に頭に浮かんだ人物であったと言われてます。この三隊長は大変仲が良く、兄弟のように仲が良かったそうです。(大陸の桃園三兄弟のようでしょうか。)
そんな逸材が集まった343空の通称、剣部隊の名は隊内の公募で菅野直大尉と八木隆次氏の案が採用されたもので、由来は「破邪剣正」から来ているそうで、三四三空では士気を高めるため、他飛行隊も維新隊(戦闘701)、天誅組(戦闘407)、奇兵隊(偵察4)、極天隊(戦闘401)の通称を付し、隊舎の前に幟を立てるなど闘志も強調したとあり、隊員は隊名に対する気概もあり、指揮所を屯所と呼んでいたとあります。源田実氏、ありとあらゆる事を実行していきます。
今回の話はここまで、その9に続きます。
意気軒昂の剣部隊が次回空を舞います。
文責 (色々アヤシイ)神奈川県 神奈川のY
5 件のコメント
神奈川のY
2024年11月15日
KOさま、コメントありがとうございます。源田実氏の背中を観つつ、今のこちらの戦いはまだまだこれからが勝負どころでございます。剣部隊まだまだご紹介します。
KO
2024年11月14日
じっくり読ませて頂きました。源田実氏、環境を整え、人物を口説き、強い組織を作る人物として、ふざけてなく真面目に語ってますがプロ野球で強いチームを作った故人のある人物を思い出しました。「無節操と罵られても意に返さなかった」とありますがまさにそっくり。戦いに勝つ。本気。自分がダメな訳だな。
神奈川のY
2024年11月12日
基礎医さま、コメントありがとうございます。
「黒い隼」を検索しましたが、菅野直大尉や剣部隊を思わせる感じがありましたので、やっぱり意識されてたのかなと思いました。異端児達を受け入れる土壌は確かにアメリカの方があると思いました。日本にももっと受け入れられる土壌があれば、源田実氏達が暴れ回るのに支障なかったのかなと思います。
あしたのジョージさま、コメントありがとうございます。
源田実氏と剣部隊の面々のエピソード、ワクワクさせるような場面がいっぱいありますので、しばしお待ち下さいませ。書くぞー!
あしたのジョージ
2024年11月11日
個性が強い人の周りには、やはり個性が強い人達が選ばれているとはいい集まって来るものですね。
やっと源田実氏の本領発揮ですね。
次回も楽しみです。
基礎医学研究者
2024年11月11日
(編集者からの割り込みコメント)源田実という人は、精神的にタフな人ですね。人物的にはどちらかというと、こういう異端児を受け入れる素地のある米国の方が、力を発揮できたのかもしれない。ただ、こういう人が自分の信条だけでなく、自分の生まれ育った国に尽くしていこうとしている!というのが、少し共感できますね。個々の話には立ち入りませんが、今回のエピソードは、近年出版された、幻の戦争マンガ (祥伝社新書)の中にある、バロン吉元の「黒い隼」に通じるものが
自分にはちょっとありましたね(もしかしたら、343空というのは、この漫画のモデルになっているのかもしれない)。回りに合わせることができないなど、いろいろ問題はあるが、とにかく戦闘機乗りのプロとして「国防」は遂行する!という、そういう構えが「非常時には重要」ということなのでしょう。次回に、期待します。