引き続き敗戦の奔流される航空参謀、源田実氏をご紹介します。(前回のあらすじを含みます。)
ミッドウェー海戦敗北を期に、源田実氏は軍人として参謀として、先の大戦にて兵たちの命か戦の勝利かの判断に悩み、以後、何を犠牲にし、何を得るか判断に苦しんでいきます。
先のミッドウェー海戦の戦訓を源田実氏は考え、航空主兵に切り替えた空母部隊再建案を軍令部へ提出しました。それによると、源田実氏は建制化、警戒兵力増加、航空戦隊再編の3項目を挙げ、警戒兵力は駆逐艦、巡洋艦の増加によって弾幕強化を図って、航空戦隊再編は航空主兵に切り替えることに焦点を置き、大型空母2隻に攻撃隊を搭載し、小型空母1隻に自衛戦力を搭載する3隻編成として、目標を空母においた制空権獲得の航空決戦の方針としたそうです。(ウィキペディア参照。)
源田実氏は戦後にTVでも繰り返し、戦闘機と制空権はとっても大事だっ!と訴えている内容にもなります。(YouTubeで探せます。ぜひ生の源田実氏の声を聞いて下さい。)また、この頃軍の再編成され、源田実氏は指揮官以外のその他幕僚ともに降ろされ、航空母艦、瑞鶴の飛行長になりました(色々思う事があったのではないかと思い馳せれます)。
余談ですが、この航空母艦瑞鶴は、真珠湾攻撃からマリアナ沖海戦まで戦った、マリアナ沖海戦まで被弾しなかったと言う、高速で防御力がある幸運艦だったそうです。その後、源田実氏は第二次ソロモン海戦に参加後、山本五十六長官の意向で臨時十一航空艦隊参謀としてラバウルに赴任しました。ガダルカナル島を巡る戦いでは陸海軍戦闘機を集中して制空権を掌握する計画を提案するも、陸軍との交渉で断念したとあります。
その後、源田実氏はマラリアに感染して入院し、ほとんど戦局に寄与しなかったそうですが、
ガダルカナル島の撤退のさい、意地や面子で決めかねていた大本営の連中に源田実氏は「近くに飛行場のないガ島での空中戦に勝算なし」と断言し、源田実氏は陸軍とガダルカナル島撤退要領、ソロモン方面主戦の合同研究を3日間行い、ガダルカナル島撤退作戦が決定され、見事敵に察知されることなくガダルカナル島からの撤退を成功させたそうです。
また、これ以上負けてはならないと作戦展開する中、日本軍全体が愕然とした事件が起こりました。後に海軍甲事件と呼ばれる、最前線に視察に向かった山本五十六長官(元帥)が戦闘機で護送される中、アメリカ軍に情報がもれ、乗っていた戦闘機をブーゲンビリア島上空で撃墜され、戦死しました。そこから、戦況は下り坂の如く不利となり、軍内で”特攻”の案が強く出始めていきます。この頃、源田実氏は航空機の防弾や戦闘機製作に取り組んでいましたが、戦を続く内に物資不足が出始めており、試行錯誤していました。障害が出て、一式陸上攻撃機の後継機である爆撃機「銀河」の防弾導入に対して、操縦性を求める江草隆繁(艦爆の神さまと言われた人です)から防弾装備の反対が起こり、源田実氏が出向いたり、1943年夏には零戦の防弾とその重量による性能低下が焦点となり、源田実氏は攻撃力か兵を守る防御力を取るかの判断で、会議にて源田実氏は「大和魂で突貫しなくてはならない。どうも精神的な面もみんな緩んでいるようだ。ここはひとつそういう議論はやめて、うんと軽くていい飛行機を作ってもらって、我々は訓練を重ねて腕を磨き、この戦争を勝ち抜こうじゃないか」と言って会議を締めることがあったそうです。
源田実氏は今の日本は物資不足で攻撃力を失い、制空権もアメリカに取られている。兵たちの命を犠牲にしても勝ちに行かなければ、と思ったのでしょうか。この発言に一部のパイロット達からは源田実氏は兵たちの命を軽んじる人手無しの長官に観え、また、特攻兵器の桜花を上層部の命で研究していた為、今でも一部の人達に特攻に行かせた人手無しの極悪人長官と批判されています。しかし、桜花に関しては源田実氏が在籍時の軍令部における最終判断は「あまりにも危険」として見送られており、源田実氏が抜けた直後に採用が決まった話とあり、一概に悪者と片付けて良いか疑問があります。
また、証言者が源田実氏と対立していた派閥や人であったりすると、そのプロパガンダはどうなの?と疑問があります。これは今で言う男系固執達が女系天皇、女性天皇支持している人に関して根も葉もない事を流布するのと同じ感じがしました。
逆に敗戦で不利になっている状況の中、若い部下達が特攻させて欲しいと訴えがあったさい、その想いを汲みつつ、「今、軍令部が有効な兵器を開発をしてる最中だから、それまで待ってくれ。納得いくよう完成したら伝えよう。」と話をしたとも言われます。また、大西瀧治郎氏が現地での特攻の実行の知らせを聞いたさい、沈痛な面持ちで「二機命中一機命中だぞ、わかるか、二機一機だぞ」と嘆いたとあります。
源田実氏は「補給路を遮断せられ、本土の生産施設をも敵の爆撃機に蹂躙せられては、大勢挽回の望みはない。神風特攻隊も本土決戦の思想も、それ自身においては崇高であり、批判の対象にすることは適当ではないが、戦略的見地に立って見れば、救国の道に通ずるものではなかった」と話がありました。
今回はここまで、その8に続きます。
次回は、343空、剣部隊司令官の源田実氏が誕生します。
果たして彼は悪人か善人か忠臣か逆臣か最後まで
よろしくお見知り置きお願い致します。
文責(色々アヤシイ)神奈川県 神奈川のY
3 件のコメント
神奈川のY
2024年11月10日
あしたのジョージさま、コメントありがとうございます。当時は敗戦から巻き返したいけど人事がゴタゴタ、物資は不足、大和魂で補填するも中々して難しい状況だったかと思います。特攻に関しては複雑で、一般に戦闘機に致命的なダメージをもらい、そのまま堕ちるより敵艦に体当たりして戦果に繋げるという戦果が出ており、上層部は戦闘機一つ体当たり成功すれば戦艦を沈められると効果的と思ったのではないかと思います。当然、パイロットと戦闘機を失うので結果的にジリ貧になるのですが、兵たちが特攻する気持ちもまたあり、戦争に負ければ自分達の家族や国が危機的になる、だから身一つで体当たりしても何とかしなければという想いもあったかと思います。
基礎医さま、コメントありがとうございます。源田実氏が物資不足で戦況不利になる中、士気高揚させる為の言い回しを受け取る側の認識が違えばひどい人に観えたというのが複雑な心境です。指揮官や参謀になると当然兵たちの命を預かり、また犠牲する事がある為、軍人として人殺しと非難されるのを甘んじて受けていたかと思われす。また立場上、上層部の尻拭いに現場での帳尻合わせなど大変だったのだなと改めて感じました。物資不足でも何とか持たせようとして手を尽くし、上層部の命で特攻の兵器の研究し非難されるも黙々と軍人として働く源田実氏の背中、哀愁を感じてしまいます。軍人って難儀な者と思いました。引き続き源田実氏を追います。
基礎医学研究者
2024年11月9日
(編集者からの割り込みコメント)源田実のミッドウェー海戦以後の足跡はよく知らなかったので、勉強になります。この段階では、まだ空母を中心にした航空戦は可能、と見ていて、それにフォーカスすることで”立て直し”を図ったわけですね(海軍と陸軍の違いはありますが、かの石原莞爾も、「最終戦争論」でそのようなことを言われていましたね)。もし(IF)、は歴史の禁句ですが、もしこの案が正しく実行され、それがマリアナ海戦に投入されれば、大負けせず制空権を失うことはなく、ここで講和への道が模索できたかもしれないですね(アメリカにその気があればの話ですが)。
それと話の中心である「精神論」については、単純ではなさそうですね。自分は、源田が精神論といっているのは、あくまでも国を存続するため(国体護持のための)の信念のようなことを説いたのだと思いますが(物質不足を知恵と意思で補うという感じ)、人によっては、兵士の命を軽視した発言に感じたのかもしれない(こういうところは、ぼくらの日常にも潜んでいる問題点かと思います)。
次回も、期待しています。
あしたのジョージ
2024年11月9日
歴史のことはよくわかりませんが、日本軍は物資不足で追い詰められていって、最終的に人間爆弾、神風特攻隊に結びついて行ってしまったのでしょうか。
源田実氏が、一部の人達に特攻隊に若い兵士達を行かせた極悪人長官の一人と思われているという話は、初めて知りました。
凄く重過ぎる話ですが、次回も気になります。