大川真先生に「男系とは」をどう説明するのか?

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当サイトでご紹介させていただいた、大川真中央大学文学部教授

大川先生がポストしたところ、男系論者眞澄さんが返信しました。

素朴な疑問なのだけど、男系論者の人たちは、天智系、天武系という見方についてはどのように見ているのだろうか?
わたしはむしろそちらのほうが気になっている。

大川先生が返信しています。
(ポストは最初だけ提示します)

丁寧にご挨拶をいただき、誠にありがとうございます。
それでは、以下の点についてご教示いただけましたら幸いです。

① 古代史研究では、光仁天皇、さらに桓武天皇によって天智朝の系譜へ戻ったと理解するのが一般的かと存じます。
その一方で、ここに「男系」という考え方を適用するならば、 続

天智天皇の娘である元明天皇はどのように位置づけられるのか、以前から疑問に思っておりました。

② そもそも、皇位継承論において用いられる「男系」とは、親族論でいう父系(patrilineal / agnatic in kinship contexts)とは異なるのでしょうか。
もし異なるとすればどのような差異があるのか、続

ご見解を伺えれば幸いです。

③ 元明天皇の詔勅に見える「不改常典」、およびそれに付随して語られる「天智の初め定めた法」をどのように理解しておられるでしょうか。

④ すでに中国では、周代に宗法が成立し、嫡長子を大宗とする相続・祭祀の思想が展開しておりました。そして、記紀神話が 続

成立する時期までには、律令や「三礼」(『礼記』『儀礼』『周礼』)、さらには『春秋左氏伝』などを通じて、そうした観念が日本にも流入していたと考えられます。
しかし、その時期に成立した記紀には、宗法を基準とした皇統論が明確なかたちでは展開されていないように思われます。 続

日本の皇位継承においては、宗法の中核にある外姓婚の禁止や嫡庶の厳格な区別が見られないことが、その一因ではないかと考えております。
その意味で、そもそも「男系」「女系」という概念自体が、1884年3月に宮中に設置された制度取調局が作成した  続

『皇室制規』において初めて現れるものである以上、これを古代の皇位継承論にそのまま持ち込むのは適切ではないのではないか、と私は考えておりますが、この点についてはいかがお考えでしょうか。 続

なお、私自身も皇統論に関する研究をいくつかすでに刊行しております。
お時間が許しましたら、下記の学会誌掲載論文もお目通しいただけましたら幸いです。 了
大川 真 (Makoto Okawa) – 一八四八年改正オランダ王国憲法と日本の皇統論 – 論文 – researchmap

さぁ、ダンケーカルトはどう男系論を説明するのでしょうか。
このブログを3/25 15:30頃書いていますが、まだ午前9時近くに大川先生が書かれたポストに眞澄さんからの返信はありません。

眞澄さんのプロフ

ラスボス級の大川先生に、確かな根拠に基づいて返信されるのでしょうが、
正直

こんぼう
ぬののふく

すらない状況でどう立ち向かうのでしょう。
実際「長く続いてきたから男系」は通用しない相手ですよ!眞澄さん!

みなさま、大川教授を納得させる返答が出てくるのでしょうか!
推移を見守りましょう!

返信があったら再度ブログにするかもです💦

文責 愛子天皇への道サイト運営メンバー ふぇい

4 件のコメント

    突撃一番

    2026年3月26日

    これは久々に、中身の濃ゆい議論になりそうだwww

    叶丸

    2026年3月26日

    男系ゾンビはニフラムの光で全員消え去って欲しいです。

    京都のS(サタンのSでも飼い慣らすし)

    2026年3月25日

     眞澄さん、「竹田恒泰」あたりを召還して戦っても構いませんよ?www

    サトル

    2026年3月25日

    ▶️「にげる」

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