天皇陛下にとっての家族とは…「両親の手元で育てていただいたことに感謝。愛子にも同じように、一緒に」【東京新聞】会見質問とご回答4つ目公開

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天皇陛下より「国民の理解を得られるものに」とのおことばを賜った昨日の会見。

動画で公開されていたのは、3つの質問へのご回答。動画では非公開とされた
4つ目の質問とご回答を、東京新聞が記事にしています。

天皇陛下にとっての家族とは…「両親の手元で育てていただいたことに感謝。愛子にも同じように、一緒に」【東京新聞】

概要
問 皇室の活動というのは家族の在り方というものと密接に関係していると思うんです。陛下は近年、愛子さまとご一緒に被災地を訪問されたりとか、そういうご活動をされています。陛下にとってご家族というのはどういう意味があるのか、天皇ご一家とか、皇室ご一家にとって、家族の在り方はどのようにあった方がいいとお思いか、その辺をお聞かせいただければと思います。

天皇陛下 私の場合、本当に幸いなことに両親の手元で育てていただいたということを、まずそこに大変深く感謝しております。

やっぱり子供のときから両親のやること、それを一つ一つ見ることができましたし、外国の、ちょっと話は飛びますけど、外国の王族の方との関係については、いろいろ外国の王族の方がうちにいらっしゃるときなど、私も小さくてまだいろいろなことはよくわからない年齢でしたけども。そういった場所に同席させていただいて
(中略)
やはり、愛子にも同じように一人の皇族として、そしてどういうふうにこれから振る舞ったらいいかと、そういったことを、良い手本になっているといいんですけれども。一緒にいろんなことをすることによって、愛子にもいろんなことを教えていきたいと思いますし。

また、そういう場を通していろんな方と愛子もお会いする機会ができていると思いますので。そういういろんな場を通じて、愛子にさまざまなことを学んでほしいという、そういう私としては、気持ちでおります。

本当に幸いなことに、両親の手元で育てていただいたということ
上皇陛下は傳育(ふいく かしずいて守り育てること)官制度のもと、満二歳で御両親の元を離れ、東宮傅育官によって養育された一方、
天皇陛下は、御両親によってお育ちになり、傳育官制度は事実上廃止になったとのこと。

1936年(昭和11年)3月29日、将来の天皇になるべくして明仁親王は満2歳で両親の元を離れ、赤坂離宮構内の東宮仮御所で東宮傅育官によって養育される。当初は週に一度の日曜日には宮中に参内して両親と面会する機会もあったが、1か月を過ぎる頃から日曜日も東宮仮御所で過ごすようになった。
ウィキペディア

旧皇族や旧華族階級でない、いわゆる平民家庭出身の母親であった皇太子妃美智子の意向に沿い、懐妊に際しては母子手帳が発行され、皇居宮殿内の御産殿での出産をせず一般家庭と同様に病院で行うなど、それまでの皇室の慣例によらない、戦後初の内廷皇族の親王(皇孫、皇太子の長男としてほぼ確実に将来において天皇に即位することが確定している男性皇族)誕生は、広く国民に注目された。

それまでの傳育官制度を事実上廃止し、両親である皇太子同妃による育児・子育ても、国民の関心の的となった。中でも、生後7か月の徳仁親王から離れて皇太子同妃が14日間の公務訪米の際に、皇太子妃美智子が世話係へ書き置いた育児メモ「ナルちゃん憲法」は、子供を預けて勤労する一般家庭の母親たちの育児指針としても共感を呼んだ。
ウィキペディア

側室制度の廃止と同じく、皇室が時代に合わせて変わってきたからこそ、
庶民の敬愛を集め、続いているということまで示唆されたおことば。

天皇陛下がご一緒にお出ましになる機会を増やしておられるのは
上皇上皇后陛下のお振舞いを一つ一つ御覧になって会得された帝王学を
次代の天皇陛下となる愛子さまに、良いお手本として継承するため。

天皇陛下の御意向を、国民は正しく理解しています。

「愛子天皇への道」サイト運営メンバー まいこ


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