「愛子天皇論」連載:石破茂は「臣」ではない

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『愛子天皇論』連載最新回です。

249章 石破茂は「臣」ではない

本日発売の週刊SPA!に掲載されています。
みなさんの感想、ぜひお寄せください。

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10 件のコメント

    くりんぐ

    2024年11月9日

    自分で「臣茂」と言うなんて怪しいと最初は思いましたが、自らの命が危険に晒されようとも、昭和天皇の願いを叶えるため尽力した吉田茂の生き様は、天皇の忠臣にふさわしいものでした。
    その天皇に尽くされる精神は、孫にあたる信子さまに受け継がれているのでしょう。
    麻生太郎の方には受け継がれていないのが残念ですね。

    同じ茂でも、石破茂は権力を握る為に、「愛子さまへの皇位継承」という天皇陛下の意向を知っていながら裏切り、男系派に闇落ちしました。
    天皇陛下の任命を受ける前に宣言した衆議院解散による総選挙では惨敗。
    愛子天皇実現を貫いていれば、少なくとも国民からの信頼は得られたでしょうに、それも失いました。
    いいところが全くありません。
    情けない!

    さとがえる

    2024年10月31日

    自分もゴー宣で吉田茂が出ていて昭和天皇論を読み返してました。その時は戦後マッカーサーとの同調関係が描かれており残念な印象でしたが、戦前は臣茂として活躍されていたことを知り見方を変えさせていただきました。
    賊茂含めて今の日本の政治家は国を良くするよりも、自分の関わる狭い世間(地元、業界等の自分の支援者)を良くすることに重きを置いている人が多いのではとも思います。国民の象徴たる天皇・皇室を守る政治家を育てることが重要だと改めて感じております。

    ひとかけら

    2024年10月30日

    石破茂と国民民主党の玉木雄一郎がイチャイチャして男系世間を広げようとしてるのが気持ち悪いです。
    臣茂と賊茂は今回の話を見ても雲泥の差だと言う事が分かります。
    天皇を守り切るという胆力がないのに尊皇派を名乗るという矛盾は元に戻る事は無いのでしょう。
    これまで吉田茂は軍備はアメリカ任せで日本は経済成長を目指し国としての主体性が薄い政治家で印象は良くなかったのですが私の認識は甘かったです。昭和天皇の意向を無視した軍部を止めようとする胆力有る尊皇派の政治家だと分かりました。

    ゴロン

    2024年10月30日

     昭和天皇論を読んだ時は、吉田茂氏には、マッカーサーにべったり感があったりして、いいイメージがなかったのですが、全てが「天皇」のお気持ちに応えようとしていた胆の据わった「臣茂」だったからなのですね。認識を改めます。
     それに引き換え、石破茂。まさに賊。選挙速報時にテレビに映る顔は、放送事故レベルで、もはやホラーでした。念願の椅子にまだ居座るつもりのようですが、誰も本気では助けてくれないと思います。

    ダグドラえもん

    2024年10月29日

    今週の愛子天皇論、早速拝読致しました( ̄^ ̄)ゞ‼︎
    成る程…石破茂には、人情が無いから人気が無い…コレはマジで納得ッスよ∑(゚Д゚)‼︎
    そして、恥ずかしながら吉田茂については、学習漫画で教わった感じ以外のイメージしか無かったんですけど、今回の話でココまで昭和天皇の忠臣として公の為に尽くした人はいなかったと知ってから、改めてその偉大なスゴさに敬意を表せざるを得ないッスよ…。・゜・(ノД`)・゜・。
    最後に、同じ名前が茂なのに、吉田茂こそが「臣茂」で石破茂こそが「賊茂」だと言う締めくくりもマジで納得ッスよ(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾‼︎
    今週もありがとうございました、また次回も楽しみにしております\\\\٩( ‘ω’ )و ////

    まいこ

    2024年10月29日

    SPA!ゴー宣249章 -石破茂は「臣」ではない-の感想です。

    衆院選で天罰が下った直後に拝読し、同じ名を持つ政治家が天と地ほど差があると着目されたことに感嘆します。

    宮内庁の西村泰彦長官が、昨年11月17日に自民党が「安定的な皇位継承の確保に関する懇談会」の初会合を開いた際に「安定的な皇位継承という観点から課題がある」「要望があれば説明に伺うが、現時点では要望は出ていない」と述べているのは、「2021年に政府に提出された有識者会議の2案-①女性皇族が結婚後も皇族の身分を保持する②旧宮家の男系男子が養子として皇族復帰する-は、安定的な皇位継承という観点から課題があると、皇室の皆さまがお考えになっておられる」ということ。

    こんなに明解な御内意を推し量ることもせず、今日に至るまで、宮内庁から説明を受けていない自民党は、まさに「独断行為も天皇のため」「天皇の意思に背きながら自分は尊皇だと思い込んでいる」ということになります。

    天皇陛下は国会開会式の御言葉を常に「国民の信託に応えることを切に希望します」と結んでおられます。
    内閣総理大臣という国民の信託を受けた議員の中から選ばれた臣の最たる者にも関わらず、薄氷の権力のために天皇の意思に背いて男系固執派に堕してしまっていては、先生が描かれた通り、相応しいのは臣ではなく賊を付すことでしょう。

    JACKER

    2024年10月29日

    吉田茂の尊皇心と精神的強さには、驚くばかりでした。今の日本の、豆腐メンタルのような政治家からは想像できませんね。
     さて一方で、現在の男系カルトが跋扈していることなど皇室に対する不敬は戦前から続いていたのだということを再認識することができ、愛子天皇誕生とは戦前から存在し続けてきた”自称尊皇派”との戦いでもあるのだという思いを強くし、これならなおさら政治家に期待するような”ミラクル頼み”はいけないと思いました。
     東進ハイスクールの今井宏先生の”ミラクルを起こそうなどとは思うな、単語・文法・音読、一歩一歩前へ進むんだ、それだけでいいんだ。”の言葉とおりに、愛子天皇誕生も、”ミラクルを起こすな、地道な活動で一歩一歩前に進むんだ”でいきたいと思います。

    くぁん

    2024年10月29日

    吉田茂ってこんなに尊皇心があつかったんですね!?無知な自分が恨めしや。

    昔、さいとうたかおの『大宰相』という漫画(原作は違う人)を読んで、吉田茂って『親英米』で『反戦平和』だけど、”ウルトラ•コンサバティブ”と米民政局に嫌われてもいた、貴族趣味のある、英語ペラペラの、どちらかというとリベラルな人で、後に三島由紀夫が予言(揶揄)した、アメリカの庇護の下、『極東の一経済大国』の基礎を作った張本人のようなイメージを持っていました。でも、海軍の潜水艦でイギリスに渡り、和平工作をチャーチル本人としてくるんだ!という”熱量”は、単なる『親英米』や『反戦平和』では出て来ないのでは?と、当時、不思議に思っていたのですが、今日、めでたく、週刊SPA!『愛子天皇論〜石破茂は「臣」ではない』で、見事に腑に落ちました!!それは『尊皇心』だったのですね!!いや〜、イメージって怖いですよね!?無知って罪ですよねぇ〜!?なんせ、ちょっと前までは石破茂のことも『臣茂』と思っていたのですから!

    自分はよく知らないけど、玄洋社と関わりの深かった広田弘毅が、吉田茂を外相にしようとしたのも、それなりの理由があったのでしょうね!?

    そして、『臣茂』を称したのが、明仁親王立太子の席だったと、今回、調べてみて初めて知りました☆しかも、戦後民主主義が堂々と闊歩しだした時代、その当時のマスコミが、そんな時代錯誤のような言葉を使ったことを批判し…それに対し、吉田茂が「これは総理大臣の”臣”だよ♪」と返したとか。ユーモアのセンスも抜群です♪同じ茂でも”辛気臭い”誰かとは大違いである。

    人を出汁に使って、独善的に振る舞う奴、天皇の意思に背きながら
    『皇軍』を名乗っていた連中、今上天皇、上皇陛下のご意志に背きまくっている現在の男系固執派、歴史は繰り返すと言うけれど、本当に歴史に学ばない奴ばかりです!

    政治家には、「夏祭りの風景」や「三丁目の夕日」のようなノスタルジックな日本礼賛ではなくて、『個』のある、器の大きい人物を、素直に称賛出来る、そんな日本にして欲しいものです。

    京都のS(サタンのSでも飼い慣らすし)

    2024年10月29日

     本章は「天皇論」にして「戦争論批判への反論」でもあると感じられます。昭和天皇が英米との協調を望んでいたにも拘らず、皇軍を自称する軍部は対米関係悪化必至の満州事変を起こしたわけですから、これは許されざる「天皇の政治利用」です。世論もマスコミも財界も「軍部支持世論」に染まっていた中、本物の尊皇政治家としての吉田茂だけが天皇のために対英米融和に向けて動いたことを知りました。まさに「臣茂」です。「賊茂」には早々に斬奸状を突きつけたいです。

    あしたのジョージ

    2024年10月29日

    今回の愛子天皇論は、石破茂の実態を描かれた回で、石破茂は尊王心が全くと言ってもいいほどない事が、解散発言でわかってしまいました。
    情があると思われていた人柄だと思っていましたが、本当は仁義のない、いざとなったらあっさりと人を裏切る人だったんですね。
    自民党内でも人気がなかった事が、今回の件でよくわかりました。

    吉田茂の事はよくわかりませんでしたが、勉強になりました。
    時代の空気に抗って闘っていた人だと思いました。
    誰よりも昭和天皇の事を思っていた人だったかもしれません。

    茂といえば、やはり吉田茂で、石破茂でも松崎しげるでもなくて、吉田といえば、吉田栄作でも吉田羊でもなくて、吉田茂だと思いました。

    今回もありがとうございました。

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