悠仁さま「東大志望説」はフェイクニュースだった(サンデー毎日)

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成城大教授 森暢平先生の皇室ウォッチングです。

サンデー毎日:悠仁さま「東大志望説」はフェイクニュースだった  成城大教授・森暢平 | 週刊エコノミスト Online

 秋篠宮家の悠仁さま(18)が来春から筑波大で学ぶことになった。悠仁さまについては、雑誌メディアを中心に推薦入試で東大を目指しているなどと報じられ、東大入学に反対するネット署名まで行われた。しかし、「東大志望説」は全くのフェイクニュースだった。

と始まる今回。外野がうるさい事実を提示してくださっています。

悠仁さまは、幼少期からトンボを追い続け、トンボの生態、そして基礎生物学を学び、生命とは何かという問いに向き合われようとしています。
この研究に対する環境が整っているのが筑波大学。一般受験で受けようと準備されていたが、成績が優秀なので学校推薦で受験され、難関の試験の中無事合格されたというのが実際です。

しかしながらメディアは、悠仁さまが幼稚園生の頃から東大の話を「勝手に」はじめ、高校3年生の今年に週刊誌で「東大農学部進学」と断定されるようになります。
森先生は

「嘘も100回繰り返すと真実になる」という言葉はナチスの宣伝相ゲッべルスが言ったとして参照される。フェイクニュースも最初は噂(うわさ)として報じられたが、各誌が同じことを繰り返すなか、いつしか「事実」に転じていく。

 困ったことに噂は有識者たちのコメントにより信憑(しんぴょう)性を増してしまった。例えば、政治学者の原武史は「『東大進学問題』ですが、一般入試で受験して合格すれば何の問題もないでしょう。しかし一般市民が中に入れない赤坂御用地をフィールドにした『トンボ論文』による推薦入学ですと(中略)本当の実力が分かりづらくなる」と論じた(『AERA』24年9月9日号)。東大受験という前提自体が間違っているのだから罪深い。

 他にも、大学で研究する有識者が、「学習院に進むのが筋」「皇族の学問は権利ではなく義務」「日本史を学ぶべき」「生物学より帝王教育が重要」などと主張した。学問を究めることの意味を分かっている人たちが、時代錯誤の主張を繰り返すのはどうしたものか。

報道のいい加減さを書き、有識者の罪深さを嘆いています。

そしてデマに踊らされる大衆。
あろうことか「東大進学反対署名活動」まで始まる始末。
(本当にひどかった)

森先生は

 悠仁さまにとって重要なのは生命の真理に近づくことで、大学名なるブランドはどうでもいい。学べる環境が整っていればいいのだ。「真理の探究」は人間本性に基づく欲求であり、時代を超えた普遍的価値を持つ。こうした理念を理解しない反知性的な報道やネット言説など「雑音」は気にせず、悠仁さまらしく、学問の道を突き進んでほしい。

と結んでいます。

反論できない皇族の皆さまを好き勝手話して追い詰めるバカな大衆。
本当に雑音はいい加減にしないといけないです。
自分の境遇が受け入れられない鬱憤を、反論できない相手にぶつけて喜ぶのは人として最低です。
そしてだれも責任を取らない。
何だこの国は。

森先生の次回作をお待ちしています。

文責 愛子天皇への道サイト運営メンバー ふぇい

4 件のコメント

    ダグドラえもん

    2024年12月21日

    本当に、秋篠宮様ご一家バッシング派共は全員まとめて土下座して悠仁様にも秋篠宮様にも紀子様にも佳子様にも(勿論眞子様&小室さんにも)謝って欲しいッスよ(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾‼︎
    そして、森さんありがとうございます。・°°・(>_<)・°°・。

    SSKA

    2024年12月21日

    18、19日と秋篠宮様が研究会へのご出席と動物園視察のため静岡市を訪れていました。
    自然や生物に関わる分野に多くの皇室の方々が進まれていて、悠仁様もその系譜に連なるご決断をなされた訳ですが、決められた道では無くご自身のお考えで選ばれたのでしょう。
    大事なのは各々の人生で男系主義や原理は極めてどうでも良いものでしか無く、当事者の方々にとって最大級のフェイクニュースであると言えると思います。

    パワーホール

    2024年12月20日

    森氏こそ本当の保守ですね。
    1月のDOJOに参加したい気持ちが強まりました。
    それに引き換え、原武史は相変わらず不敬ですね。

    サトル

    2024年12月20日

    森氏には一貫している姿勢があります。
    それは、学問に対する真摯な態度、識者としての矜持。
    その態度は「皇室研究者」としてのみならず、皇室問題から浮かびあがる、研究者、言論人、政治家の「堕落」を指摘している…と毎号読んで思っています。
    私の記憶が確かなら氏自身の、「尊皇」…の文言は一切だしておりません。そこに彼は「学者としての立場」で踏み込まないのでしょう。

    これは、「敢えて…」で間違いないし、なんら問題はない。
    (窺えるものは明確なので)

    「悠仁さまらしく、学問の道を突き進んで欲しい。」
    ここに、森氏個人の「想い」(学者としても、私人としても)が溢れており、隠しようもない。
    今回の記事を読み、私は森氏に対する尊敬の想いを更に強くした次第です。

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