引き続きまして、自民党議員に転身した源田実氏をご紹介します。(前回のあらすじを含みます。)
源田実氏は自民党の議員になり、色々と話題に上がる人でした。 防衛・憲法・天皇問題などに取り組み、戦争の愚かさ、核の恐ろしさを強く説いていたそうで、職業軍人の経歴から文民統制の問題もあり入閣することはなかったそうで、参議院議員、自民党党務として弾劾裁判所裁判長、国防部会長、宇宙開発特別委員会委員長、安全保障特別委員長、科学技術特別委員長、航空対策特別副委員長、安全保障調査会顧問、基地対策特別委員会顧問などを歴任したとあります(ウィキペディア参照)。 源田実氏は軍人としての習慣を保持していて、 5分前行動は当たり前、また戦前・戦後の空中勤務体験は国会でも貴重とされたそうです。
ただ、軍の同窓会で、末国正雄氏(海兵同期)によれば源田実氏が、「国会や議事堂ほど日本語の通じない場所はない」と話していたとあり、生真面目に軍人として生きて来た源田実氏にとっては居心地が良いとは言えない環境だったそうです。
軍人、司令官の視点で、
核については、
・アメリカの核の傘に入ると言いながら有事も持ち込ませない
・領空も領海も入らせないと言うがどうやってその傘は日本を守るのか
と訴えたり、
原爆については、
・日本も原爆を持っていたら使用しただろう。
・日本本土にも米の核持ち込みを認めるべき。
さらに、あの戦争の評価としては、
・日本民族は原爆の3つや4つ落としても降伏するような民族ではなかった。
・戦争をやめたのは、天皇陛下のご聖断が下されたからだ。
・このご聖断で日本民族は救われた。我々は天皇制を護持しなければならない
という要旨の発言をして叩かれています。
また、記者会見で気に入らない質問をされると『文句があるなら、俺のT-33練習機に乗れ。俺が戦闘機の操縦を、おまえらに教えてやる!』と言ってマスコミに辟易したそうです。
また、皇室のバッシングに関しては1974年(昭和49年)12月16日、源田は皇室への侮辱が横行していることを問題視して参議院議長・河野謙三に対し質問主意書を提出し、内閣総理大臣は告訴権を持ちながら何の対応もとっていないことを批判し、皇室侮辱文章を告訴するか何らかの対応をとるように求めています。
源田実氏が今の自民党の現状を観たら、”全員俺の T-33練習機に乗れ!!その腐った根性叩き直してやる!!”となると伺えます。
また、一世一元の制、建国記念の日政府行事実施についての質問主意書も提出しています。
自民党議員で皇位継承安泰の為にまともに尊皇失わず、皇室バッシングに心を痛めながら動いた希少な、稀有な議員と思いました。今の自民党には皆無だと感じます。
また、戦後色々、源田実氏に批判の意見も出ており、一部に、米空軍カーチス・ルメイ大将の叙勲に、推薦などで関わったとする陰謀論があるそうです。戦前、その所業に鬼畜ルメイと呼ばれた大将に源田実氏が叙勲を与える、お国を護っていた司令官として大問題ですが、この件は、推薦は防衛庁長官・小泉純也と外務大臣・椎名悦三郎の連名で推薦されており、閣僚ではない源田実氏は、推薦・選考・決定などに参加していなかったとあります。
源田実氏の人となりを知れば、”無いな”と思いますが、まだまだ非難の声があります。 戦前の特攻隊や兵器について研究、関与した身である源田実氏が他の大西瀧治郎氏のように責任を取らずのうのうと生きて自分だけ良いように語る、けしからん奴など批判がありました。 同じ343空で仲間だった坂井三郎氏も源田実氏を非難しています。これには坂井三郎氏と杉田庄一少尉との軋轢、坂井三郎氏と親友だった、菅野直大尉を護って散った武藤金義中尉の件など色々あったからだと推察します。
また、戦前司令官として、参謀として戦った源田実氏ですが、戦死した部下や仲間に対して蔑ろにしてた訳ではなく、 源田実氏は杉田庄一少尉の慰霊や、関行男特攻慰霊碑の建立に尽力し、1975年、3月21日に建立された関行男氏の同碑の除幕も行い、1977年の7月23日には、靖国神社で343空の合同慰霊式が行われ、源田は元司令として隊員、遺族の前で挨拶を行い、343空の活躍などを語った後、「自分がもっとしっかりしていれば、これほど犠牲が出なかったように思うのです」と絶句しつつ涙を流し、亡くなった隊員たちについて語ったとあります。 戦前から仏壇の前で部下や仲間達を弔っていた 源田実氏、その絆は深く、剣部隊の仲間達が戦後も支えていました。
今回はここまで、次回は源田実氏の政治家としての苦難と統一教会の関与についてご紹介します。 その23に続きます。
文責 神奈川県 神奈川のY
3 件のコメント
神奈川のY
2024年12月30日
あしたのジョージさま、基礎医さま、コメントいつも痛み入ります!源田実氏の活躍、まだまだありますので、大晦日とお正月に源田実氏の本通して膝を突き合わせてみる所存です。
あしたのジョージさま、源田実氏や剣部隊達を本当に今の自民党に登場させてやりたく思いました。当時を考えると源田実氏のような異端児を扱える受け皿は自民党あたりしか無いような気がします。
基礎医さま、いつも編集に力いっぱい注いで頂き、ありがとうございます。源田実氏の議員としての働き、まだありましたので心こめて紹介したく思います。自民党を見敵必戦、突撃で押せ押せで参ります。
剣部隊書く内に私の中で菅野直大尉と張飛が育っている感がありますが、よろしくお願い致しまする。
基礎医学研究者
2024年12月30日
(編集者からの割り込みコメント)今回は、源田氏の政治にもつながる回なので、編集にも力が入りましたが…。
現在の単に勇ましい言動をする、皇位継承問題でいうと男系維持派の人達とは一線を画す”迫力”がありますね。そして、けっして好戦主義的ではない国防に関する意見も、聞くべきものがありますね(アメリカを礼賛するわけではありませんが、あそこも、実は戦前より、マッカーサーのような人を別にすると、軍人はけっして好戦的ではない、という証言はいくつもあります)。非核三原則をいうと、核の傘は機能しない!それならば、自前で核を持った方が国防に役立つ!という結論になりますね。
あしたのジョージ
2024年12月30日
源田実氏には、ドラマの不適切にもほどがあるの主人公のように昭和の時代からタイムスリップして、今の自民党議員達に喝を入れて欲しいですね。
特に石破茂には喝を入れて欲しいです。
自民党在籍中の源田実氏については一切わかりませんが、昭和の個性が強い議員だらけの時代でも源田実氏は、よく叩かれてしまう存在だったみたいですが、かっての部下や仲間達を想う気持ちは変わっていなかったのではないでしょうか。
もしかしたら自民党議員には向いてなかったのかもしれませんが、周りの議員達とは明らかに違う想いで、国防について考えていたんではないでしょうか。