今年の「新年一般参賀」で多くの方が皇族の皆さまを拝されたようです。
天皇陛下「安らかで良い年に」 骨折の美智子さまもつえを使わず参列 2年ぶり新年一般参賀に6万人
人数制限の無い一般参賀は5年ぶりとのこと。6万人以上の方が訪れたのは、皇室の皆さまが長年に渡って敬愛の念を抱かずにはいられない御姿を常に示し続けて下さっているからであり、
上皇陛下が平成28年8月8日に述べられた御言葉を想い起こさずにはいられません。
私が天皇の位についてから,ほぼ28年,この間私は,我が国における多くの喜びの時,また悲しみの時を,人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして,何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが,同時に事にあたっては,時として人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に,国民統合の象徴としての役割を果たすためには,天皇が国民に,天皇という象徴の立場への理解を求めると共に,天皇もまた,自らのありように深く心し,国民に対する理解を深め,常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において,日本の各地,とりわけ遠隔の地や島々への旅も,私は天皇の象徴的行為として,大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め,これまで私が皇后と共に行って来たほぼ全国に及ぶ旅は,国内のどこにおいても,その地域を愛し,その共同体を地道に支える市井の人々のあることを私に認識させ,私がこの認識をもって,天皇として大切な,国民を思い,国民のために祈るという務めを,人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは,幸せなことでした。
「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば(平成28年8月8日)」
上皇陛下から天皇陛下に受け継がれた「象徴としてのお務め」を、愛子さまが確実に受け継ごうとしておられること、その営みが一朝一夕には決して成し得ない、刻苦勉励の連続であることを、国民ならば自然に感応してしまうゆえに、6万もの人々が皇居を訪れ、テレビの前で、あらゆるデバイスで、全国津々浦々の人々が皇室の皆さまの御姿を拝するのでしょう。
始めにも述べましたように,憲法の下,天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で,このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ,これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり,相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう,そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく,安定的に続いていくことをひとえに念じ,ここに私の気持ちをお話しいたしました。国民の理解を得られることを,切に願っています。
「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば(平成28年8月8日)」
上皇陛下の御言葉に、今年こそはお応えできますように。
「愛子天皇への道」サイト運営メンバー まいこ
2 件のコメント
サトル
2025年1月3日
この
「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば(平成28年8月8日)」は、何回読んでも「凄い…」としか言いようがなく、深く感動し、またありがたさと共に、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。
日増しに強くなるかも知れません。
このおことば…がもうすでに最強の論破祭り…の文章になっているのは、言うまでもない。
なぜなら…ダンケーの誰ひとり、この「おことば」に触れないからである。
倉山満に至っては、「きちんと理解してるが故」に、「どこをどう読んだらそうなる!」という「まとめ」を、その著書「決定版 皇室論」に収めている。
文章力も読解力も皆無(※その文章力は天性。読解力は心根…ではあるが)な倉山らしいが、他のダンケーも似たようなもの。
カルトには「上回る恐怖を」…と思わずにいられない(どうせ心底思ってるダンケーは皆無に近い。)。
ダダ
2025年1月3日
国会議員は上皇陛下のお言葉を聞いているはずなのに、なぜここから違憲違法となる旧宮家養子案,一代限りの女性宮家,皇族と国民の混成家族など、ふざけた方策が出てくるのか。
国会議員なら立憲君主であろうとする今上陛下を鑑(かがみ)とするべきですが、男系カルトの国会議員は、それをカルトと認識できないのだから、終わっています。