今年は昭和100年ですね。昭和50年生まれの私も50代になりました!
今回は、私がなぜ天皇に興味を持ったのか、そのきっかけをお話ししたいと思います。
昭和天皇が崩御されたのは、私が中学2年の冬休みの時でした。
せっかくの冬休みでしたが、世の中は自粛!自粛!!自粛!!!ということで、テレビは再放送ばかりだったと記憶しています。
自分の学校はもともとサヨク色が強い学校で、ひところは学生運動も盛んだったみたいで、先生方がストライキやることもありましたね。(その時は学校が休みになるのでバンザイ\(^o^)/でしたが)そんなところで先生の影響もあり、とくに社会科が好きだった自分も反天皇の思想を持っていましたね。
大喪の礼が行われた当日、普段通り授業があったのですが、国語の先生が、「今日はみんなに話したいことがある」と言って、みんなで何だろう?と思っていたら先生は昭和天皇の事績について話始めました。昭和天皇がいたから日本は破滅から救われたし、全国をまわられて励ましてくれたから今の日本があるんだとお話をされました。授業時間の半分以上はいつも冗談言うような、当時のトレンディドラマのキャラみたいな先生(よしりん先生とほぼ同世代かちょっと下?)からまさか天皇の話がでてくるなんて思っていなかったらインパクトがありました。
あの授業がなかったら、ゴー宣DOJOに参加することもなく、いやむしろ敵になっていたかも(;^ω^)と思うと、あの授業が私をピュリファイしてくれたと今更ながら感じています。
文責 東京都 yan ryu
3 件のコメント
yan ryu
2025年1月25日
れいにゃんさん>
普段そんな天皇陛下のお話などされない、陣内孝則のような風貌の先生が天皇陛下について話されたのでとても印象に残っています。あの授業がなかったら今頃…と思います(;^ω^)
L.Kさん>
日本列島が活動期にはいり、これから自然災害も増えるでしょう。そうした中で、政治ではできない癒しと救済を行われ「埃にまみれた愛」を実践される天皇陛下のご存在がより貴くなっていくと思います。そうした中で、ルサンチマンばかり肥大させ、キャンセルカルチャーにいそしむ大衆は国民なのか?天皇陛下を戴く資格があるのか?と改めて思います。まさに国家存亡の運命を握っているのは、国民自身ですね。天皇陛下の祈りは国民への問いかけと感じます。
れいにゃん
2025年1月16日
yan ryuさん、素敵な体験を投稿して下さり、ありがとうございます。
国語の先生はきっと、言わずにはいられない、という個を発揮されたのだと思います。昭和天皇ご崩御の時に私は高校生で、似たような体験があります。普段は、導く立場とユーモアを交える余裕を見せていた数学教師が、「昭和天皇が崩御された」と語った時、何と言いますか、私達と同じ立場に降りてきたというか、「同じ臣民」と感じたというか、昭和天皇への畏怖と尊敬の念を一緒に共有した、という感覚が、今でも生々しく思い出されます。
L.K
2025年1月16日
素晴らしいお話をありがとうございます。
昭和天皇のご事績、まさしく!
日常が続いているときは、どうしても天皇の存在感が薄れがちになってしまいますが、国や公が極限状態に追い込まれたときに存在感を発揮するのが、天皇なのですよね。
加えて重要だと思うのは、昭和天皇の大御心に応えようとする臣民・公民がたくさんいたからこそ、終戦も復興も成し遂げられたのだと思います。
その国語の先生も、間違いなくそのお一人です。
今はどうだろう?政治家に「臣〇〇」と称する資格のある者がいるか?
国民はどうでしょう。弱者意識ばかり肥大化させて、自ら立ち上がる人はどれだけいるか?
これから災害も戦争の危機も益々高まっていく中で、天皇陛下や愛子さまの存在感もまた際立っていくことでしょう。
そのときに、国民が天皇の下で公民意識を発揮し、荒波を乗り越えていけるか。そのような制度、風土を整えられるか。
国家興亡の運命を握っているのは、国民自身です。