「神功皇后論」:クマソは蛮人ではない

Post's thumbnail

連載「神功皇后論」最新回です!

277章 クマソは蛮人ではない

本日発売の週刊SPA!に掲載されています。
みなさんの感想、ぜひお寄せください。

感想はこちらのコメント欄で!

13 件のコメント

    くりんぐ

    2025年8月25日

    景行天皇、ヤマトタケルに倒されても、倒される前以上の勢力を取り戻していたクマソ。

    ヤマトタケルが、本来の名であるオウスノミコトではなくヤマトタケルを名乗るようになったのは、あのクマソの頭から贈られた“ヤマトタケル”の名の方が価値があることを分かっていたから。

    それほど凄いクマソを、卑怯な手段で倒したことへの後ろめたさもあったのでしょう。

    このような厄介な勢力相手に、オキナガタラシヒメ、一体どんな策を用意してるのでしょう。
    気になります!

    daigo

    2025年8月25日

    神功皇后論第277章・クマソは蛮人ではない
    読みました。知らなかった事が多いです。
    オキナガタラシヒメは神々しいお方です。確かに常人ではない、いよいよ吉備鴨別に熊襲征伐の命がでました。ヤソタケルは多くの配下を持つ頭という意味だったんですね、始めて知りました。ヤマト政権は正攻法ではクマソに勝てないから「日本書紀」卑怯なことをしなければ勝てなかったと書かれてるんですね〜、確かに正攻法で勝てないなら謀を巡らせなければなりませんからね。クマソから名を贈られるか事が名誉だったとはそれ程の差とは、熊襲は蛮人ではないありません。然し、そんな熊襲を征伐する策を吉備鴨別に授ける神功皇后果たしてどんな策なのか次回が楽しみです!

    パワーホール

    2025年8月23日

    熊襲が軍事的にも文化的にも大和朝廷より優れていたとのことですが、後の隼人や蝦夷も同様なのでしょうか。大和朝廷になかなか服属しなかったこの3者のいた現九州地方と東北地方が政権与党である自民党の支持基盤となり「保守王国」と呼ばれているのは複雑な気持ちになります。特に、九州薩摩に至っては西南戦争の時だけでなく豊臣秀吉の九州征伐の際も天皇の名において成敗するとの勧告を受けていましたし。

    ひとかけら

    2025年8月22日

    神功皇后の相変わらず恐ろしさと美しさが同居し更に神々しい衣服を身に纏った姿に見惚れています。ヤマト王権は正攻法で熊襲に勝てなかったので、色々計略を巡らせたものの結果的には更に巨大化させてしまったのは皮肉です。果たして神功皇后の策は熊襲に通じるのか楽しみにしてます。最後に出てきた三角縁神獣鏡は邪馬台国との関係が深く外国では余り無いという話を聞いたことが有ります。少ない兵しか居ないので有れば外交しかないのかなと思いました。

    枯れ尾花

    2025年8月21日

    「神功皇后論 クマソは蛮人ではない」読ませていただきました。
    それにしても建国論でありながら、まさか景行天皇のように天皇自らが国を統一するためにこのような卑怯、謀略行為を行っていた話があるとは意外であり驚きです。この建国論を子供の時に手にしていたら恐らく私は途中で読むのをやめていたかもしれません。しかし、60数年生きてきて人の何たるかをある程度知る今となっては、むしろリアルであり益々のめり込めそうです。加えて古代史に全く疎い私にとっては一つ一つのエピソードが新鮮ですね。また、そのような古代においても先生の描かれる神功皇后の存在感は際立っています。まさに、圧倒的!
    先生が早く元気になって続きが読めるようになることを楽しみにしておりますばい。

    酔いどれカエル坊主

    2025年8月21日

    (追記)
    日本書紀の一書では、仲哀天皇は敵の矢にあたって崩御された。
    そこは私は知っていたのですけれども、改めて漫画で見てみると仲哀天皇、景行天皇やヤマトタケルと比べてあっけなく儚いですね。(諡号に「哀」の字があるのもわかる気がします)
    ラストの三角縁神獣鏡と龍。一体どんなメッセージが込められているのか?秘策とは何なのか?と期待を持たせてからの”次号を待て”。「そんな~待てない」早く続きが読みたいのですが、よしりん先生が入院。早く先生が快癒してほしいという思いと、早く続きを見せてほしいという相反する思いが今、せめぎあっています。

    酔いどれカエル坊主

    2025年8月21日

    最新版「神功皇后論」<クマソは蛮人ではない>読みました。
    タイトルが秀逸だと思いました。
    クマソは、”中央集権国家ヤマト朝廷”と対極の”辺境で未開の部族”という考え方がいまだに根強いせいなのか、クマソは”強権的なヤマトに虐げられて哀れで可哀想”というイメージで学界やマスコミでは語られてきたと思います。特にリベラル(実質サヨク)がその傾向で、”鹿児島・熊本・宮崎は中央(都、現在は東京か?)から離れた辺境の地(だから熊襲は侮蔑語だ、差別は許さん、もっと厚遇せよ!)”みたいに言っている気がします(私の思い込みかもしれないですが)。
    しかし読み終わった後の感想は「クマソは強かったんだ」とただただ愕然と驚くばかりでした。軍事的にも文化的にも相当洗練されていて、決して単なる蛮族ではないというところは、私は想像が及ばなかったので、サヨクリベラルを笑ってはいられませんね。まだまだクマソを侮っていたかも。
    東北の福島県いわき市にある「勿来(なこそ)」。地名の由来が「蝦夷(えみし)よ来る勿れ」という説があって、つまりは”蝦夷、こっちに来るな!”ということで、蝦夷だって(ヤマト朝廷より)相当強かったのではないでしょうか。”東北は古代からずっと虐げられてきた”というこびりついた固定観念はそろそろ払拭するべきですね。当然熊襲の南九州も。
    よしりん先生が描く女性はいつもながらエロス満載ですね。イチフカヤは艶めかしくて恐ろしさを持って、という二面性がしっかり描かれていてさすが!と画力に唸ってしまいます。首チョンパのシーンまでリアルさ、迫力あって手抜きなし、お見事!と感嘆します。
    景行天皇、確かにクズっぷりだとは思うのですが、似たような事例に後世にミズハワケノミコト(反正天皇)が古事記での話ですが、政敵だった実兄を殺すため実兄の臣下のソバカリという男を唆して殺させ、天皇は褒美と偽って酒を与えた隙に「自分の主上を殺した大悪人が!」と言ってソバカリを刀で斬り殺すシーンがあります。私はイチフカヤの件からそれを思い出しました。
    そうしなければ勝てないほど、大王の力は脆く儚いものだったんですね。決して学界が言うような”強権的な中央集権国家・ヤマト朝廷”なんてとてもとても。言えたものじゃございません。
    儒教的な思想ってこの頃から有ったのか?とは確かに気になります。
    今回、ポカQさんに似た臣下がいて、ちょっと可笑しさがありました。こういう仕掛けが一番好きです。
    景行天皇と臣下の会議のシーンですが、男ばっかりで、女性(巫女など)はいなかったのかな?と、そこだけはちょっと気になりました。

    まいこ

    2025年8月20日

    旧約聖書のサムソンとデリラを遥かに凌駕する日本書紀の艶なるも残酷極まる謀略の場面、圧巻でした。有名なヤマトタケルの熊襲討伐の前にも、景行天皇が行わせていた表裏比興は、軍勢が少ない側にとっては、まったくの正義。はかりごとを如何に堂々と行えるか、今まさに蠢いている世界情勢とぴったりとリンクする、善悪など吹っ飛ばす真に畏るべき物語が刻々と描き出されていることに震撼しました。

    それにしても、討たれても討たれても蘇るクマソ。単なる武勇だけではない、底知れぬ豊かさを持っていたのでしょう。邪馬台国の位置や神武東征(西から東に攻め上がる)の謎解きの布石も打たれているように感じました。

    タラシヒメが鴨別に授ける策への暗示、いよいよ神威に繋がるパワーを、さらに神として授ける秘密が明かされるようで心躍ります。神功皇后が夥しい数の神社に祀られているのは、自ら陣頭に立ったこともさりながら、あたかも分身の術のごとく、神の手足となって獅子奮迅の働きをした者たちがいたからなのでしょうか。胸ときめかせながら、次回をお待ちしております。

    あしたのジョージ

    2025年8月19日

    最新作の神功皇后論を読みました。
    神功皇后のカリスマ性に吉備鴨別は平伏すしかないですね。

    最初から弱気な景行天皇は、戦わずして熊襲を計略で滅ぼそうと企み、それに従う1人の臣が、何処かで見たことがある顔の人でした。
    色仕掛けで女性を騙した挙句にその女性を殺してしまいましたが、何とも後味が悪い話ですね。

    仲哀天皇は、日本書紀では古事記とは違って熊襲の矢を受けて死んだとされているところが、色々解釈があるんだなぁ〜と思いました。

    熊襲は蛮人ではないという事がヤマトタケルの名前の由来から分かって、色んな意味で洗練されているみたいですね。

    そんな熊襲を1人で攻めよという神功皇后の無茶ぶり。
    そりゃ〜吉備鴨別も怒るわなぁ〜
    そんな吉備鴨別に、私には策があると自信たっぷりの神功皇后。
    なにやら吉備鴨別の頭をつかんで力を注入したんでしょうか。
    よく分からないですが、次回を待たせてもらいます。

    ダグドラえもん

    2025年8月19日

    今週の神功皇后論、早速拝読致しました( ̄^ ̄)ゞ‼︎
    前回からの強く美しく神々しいタラシヒメからの、熊襲の思った以上の強さと景行天皇の息子や孫に似てどーしよーもなさっぷりの対比がクッキリ浮かび上がった感じが、何ともスゴ過ぎとしか言えないッス(^_^;)。
    そんな強い熊襲への対策に、「私に良い考えがある」…と同時に「俺のこの手が真っ赤に燃える‼︎」ばりに鴨訳に力を与えるタラシヒメが、めっちゃ頼もしく感じたのは私だけじゃないと断言したいッスよ\\\\٩( ‘ω’ )و ////
    後、角子頭なポカQさんもちょいラブリーでツボったッス😆💖
    今週も、めっちゃ面白かったッスよ٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

    mantokun

    2025年8月19日

    今回も、タラシヒメの凛々しく美しい御尊顔からスタートして眼福でした。ナカツヒコ王が存命だった時と比べて、明確に君主としての覚悟を備えた表情、たたずまいになったように見えます。また、鴨別との戦いから武内宿禰の表情が凛々しくなって、男前な顔立ちになっているのも興味深いですね。若い鴨別が景行天皇の策略を聞いて、「ひどい話だ」と青ざめているのは、タラシヒメと宿禰の老練さとの対比にもなっています。
    三角縁神獣鏡と四つ指の龍が表すものは果たして?!と気分が最高潮になったところで、こんなところで終わりか〜い! 今回はみずらポカQ登場もあって、悲惨な場面の中でも笑えるシーンがあって和みました。

    景行天皇から仲哀天皇、神功皇后(天皇)に至るまで、熊襲を服従させるための戦いと策略が、いかに大和朝廷の確立に重要であったかが分かります。その後、奈良時代になっても九州地方の隼人が大規模な反乱を起こしていますし、平安時代になっても蝦夷との戦いが続きました。当時を舞台にした創作作品では、天皇(大王)を侵略者として描いたものをよく見かけますが、大王が天皇となり、古代の豪族連合のトップから仁徳によって民を束ねる権威へと転換を遂げたからこそ、日本列島に暮らす人々が精神的支柱である天皇の下に、国民としての意識を持てるようになったのだと思います。
    この土台があったからこそ、後に明治維新や敗戦後の混乱の中でも、日本は完全な無秩序状態に陥らずに済みました。天皇にとって最も重要なのは性別などでは断じてなく、国と民を思う仁愛の精神と、それを行動によって示すことで、国民の精神的紐帯となり得るカリスマ性なのだと理解が深まっています。

    「古事記」と「日本書紀」の記述の相違点から古代の実情を追い、それをさらに想像で補って、ギャグ漫画としての描写も織り込み、しっかり読者を楽しませつつ日本建国を解き明かす…「神功皇后論」は何とも贅沢な作品ですね。

    ゴロン

    2025年8月19日

     確かにオウスノミコトが、クマソタケルから「ヤマトタケル」と名付けられた場面は、戦国時代とかで何かの役にたった者が、武将から「これから○○と名乗れ」と言われたと誇っているようで、不思議な感じがしました。わざわざ書き残していること自体が、クマソに敬意をもっていた印なのでしょう。
     ヤマト政権が卑怯な手を使って、いくら頭を殺しても、クマソは復活する。多くのタケルを育てるシステムが出来ていたからでしょうか。このクマソを鴨別一人で、征討するという、タラシヒメが与える策が気になります。
    それにしても景行天皇、酷い・・。

    京都のS

    2025年8月19日

     「神功皇后論」最新回を拝読しました。ヤマトとクマソの関係がハッキリ示されました。何と軍事の面だけでなく文化の面でもヤマトよりクマソが上だったのですね。ここからの展開は、軍事的にも文化的にもヤマトが他国を圧倒しながら平定していくのでしょうから、まさに「神功皇后論」は「建国論」だと確信できました。
     さて、「建国論」と言えば『ゴー宣2nd』4巻に収録された「卑弥呼こそ天照大神である」を連想します( https://www.gosen-dojo.com/blog/26565/ )。「邪馬台国=北九州」説に立てば、高天原(北九州)の女王・アマテラス(卑弥呼)の子孫が、東征して大和に入るという物語には整合性を感じます。であれば、「神功皇后論」における熊襲は狗奴国(邪馬台国と敵対した)かもしれません。「邪馬台国=奈良」説だと蝦夷などの東国が狗奴国になりますが、どうもピンときません。
     驚いたのはラストのコマです。タラシヒメが吉備鴨別に策を授けるシーンで龍と鏡(三角縁神獣鏡)が浮かび上がりましたが、これはタラシヒメ(≒卑弥呼?)が「親魏倭王」になったとクマソ王に信じ込ませ、ついに文化的にも熊襲を凌駕したと思わせて服属させるのか?と推測しました。その上さらに「三韓征伐」を見せ付けられたら、熊襲は二度と邪馬台国に逆らわないでしょう。
     ところで、手なずけたイチフカヤ(クマソ王の娘)に父を殺させ、凱旋したイチフカヤを景行帝が「不孝者」と罵ったシーンでは、景行帝のクズっぷりにムカつくと共に、こんな早い段階から儒教的な思想が浸透していたのか?と戦慄しました。
     最後に、ポカタケルが登場して献策するシーンにはメチャ笑いました(笑)。

コメントはこちらから

全ての項目に入力が必須となります。メールアドレスはサイト上には表示されません。

内容に問題なければ、下記の「コメントを送信する」ボタンを押してください。