天皇ご一家が御訪問される宮城県での案内役の方の談話を、読売新聞が伝えています。
天皇ご一家の案内役に津波から生還した前南三陸町長…「防災への関心広がるきっかけに」と語り継ぐ決意【読売新聞】
「災害の経験と教訓について世代を超えて語り継ぎ、首都直下地震などに対して私たちの備えを確認する必要がある」。天皇陛下は2月の誕生日にあたり、記者会見でこう述べられた。
その思いは(前南三陸町長)佐藤さんも全く同じだった。あの日、激震の直後に高さ約12メートルの防災対策庁舎の屋上に避難した。15メートルを超える津波に襲われ、何度も水にのまれたが外階段の手すりに引っかかり、九死に一生を得た。
(中略)
佐藤さんがいま最も懸念するのが、震災の記憶の風化だ。「皇室の方々が世代を超えて被災地に足を運ばれることで、防災への関心が広がるきっかけになれば」と願っている。
前南三陸町長・佐藤氏の談話は、デイリー新潮も取り上げていました。
南三陸町前町長・佐藤仁氏「復興事業が終わった街を見ていただきたい。愛子さまがお越しになるのは、この小さな町が被災した記憶を次の世代につないでいくことと同じ意味を持っていると思います。愛子さまは、天皇皇后両陛下の“震災を忘れてはいけない”というお気持ちを、ありのままに受け継がれているはずです」
読売新聞の記事によれば「解体前に記憶に焼き付けておきたい」という
上皇上皇后両陛下の思いを感じたことも、佐藤氏が防災対策庁舎を
防災遺構として保存するための原動力になったようです。
上皇上皇后両陛下、天皇皇后両陛下の思いはひたむきに
愛子さまに継承されてゆきます。
「愛子天皇への道」サイト運営メンバー まいこ
1 件のコメント
mantokun
2026年4月12日
いつも皇室の皆様のご活動に関する記事のご紹介、ありがとうございます。
こうして皇室の皆様と国民との交流の記事を見ていると、皇室と国民の絆や相互の親愛は一朝一夕で築けるものではないことが本当によく伝わってきます。