伝統と因習の違い(森由里子先生のポストより)

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森由里子先生のポストです。

男系カルトがなぜかいまだに主張している皇位の男系男子継承とは、伝統ではなく因習です。

そもそも男系男子固執は、古代中国の「儒教」「家父長制度」「男尊女卑」が当時の日本に伝来、日本人が模倣し、蔓延したもの。
古代日本からの「やまとごころ」ではありません。
大王(天皇)がまだいなかった昔、縄文時代の土偶はほとんどが地母神。
そして皇祖・最高神は女神 天照大神。
弥生時代には邪馬台国の女王・卑弥呼と台与(壱与)がいて、ヒメヒコ制度があり女性が長で祭祀、男性が副で実務を担当していたと言われています。
また、前方後円墳には多くの女性が埋葬されており女性の首長が多くいたことが証明されています。
さらに奈良時代の継嗣令の「養老令」にも「女帝も亦同じ」と明記されています。
その後、徐々に、大陸伝来の男尊女卑が蔓延っていきましたが天皇の位が男系男子と決められたのは「明治20年」
たった139年前でした。

ちなみに、伝統とは何か?へのAIの回答はこちらです。

伝統とは、ある社会や集団で、古い時代から受け継がれてきた「しきたり」「風習」「技術」「考え方」のことです。単に古いものを残すだけでなく、時代に合わせて見直されながら、人々の間で大切に守り伝えられてきた「文化の結晶」と言えます。
💡 伝統を未来につなぐために
伝統は「守るもの」というよりは「つなぐもの」と捉え、時代に合わせて形を変えていく考え方が重要です。

因習とはのAIの答えはこちら。

因習(いんしゅう)とは、古くから伝わる悪い風習や、現代の時代背景にそぐわない古いしきたりのことです。類語には「悪習」「旧弊」「習俗」があり、具体的な例として、「封建的な家父長制」や「合理性のない迷信」などが挙げられます。

結論です。
制度のために人がいるのではなく、
社会や人のために制度があるはずです。
人が決めたことは人が変えられます。
人を悲しませたり(男子を生めと責められることなど)、無理をさせ苦悩させたり、倫理的に許されないことをさせる可能性のある制度は、改めるのが当然で健全です。

人の痛みを無視して形に拘るのは、他人事だからです。
明治時代という過去になぜか執着するのではなく、人への思いやりを持って未来志向になれば答えは明白です。
実は今がチャンスです。天皇陛下のおそばで陛下の薫陶を全身全霊で受け止めていらっしゃる敬宮様がいらっしゃる今こそ、チャンスなのです。

#愛子さまの立太子を望む
#敬宮殿下を皇太子に

「制度のために人がいるのではなく、社会や人のために制度があるはずです。」
「人の痛みを無視して形に拘るのは、他人事だからです。」

このしごくまっとうなことが分からないカルト。
皇室に弓引く逆賊は、どんどん駆逐していきましょう。
ごくごく一部の統一協会と同じことを言ってるカルトに鉄槌を!

文責 愛子天皇への道サイト運営メンバー ふぇい

4 件のコメント

    ダダ

    2026年3月26日

    森さん、素晴らしいです!
    皇統問題(愛子天皇)を継続的に発信して頂きありがとうございます!

    daigo

    2026年3月25日

    森由里子さん素晴らしいです!

    京都のS

    2026年3月25日

     さすが森由里子さん、素晴らしいです。一字一句に至るまで同じ思いです。

    あしたのジョージ

    2026年3月25日

    森由里子さんのYouTube動画は、いつも観させてもらっていますが、皇位継承問題に関してはいつも正しい事を言われていると思います。
    Xでもこういう正しい事を発信してくれているのは、非常に有り難いですね~

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