2026年3月31日 05:30 愛子天皇論/神功皇后論
連載「神功皇后論」最新回です!
299章 難波という名の由来
本日発売の週刊SPA!に掲載されています。みなさんの感想、ぜひお寄せください。
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2026年4月5日
神功皇后論、最新回読ませて頂きました。 まずは難波という名の由来、教えて頂きありがとうございます。神武天皇、神功皇后にまつわる伝承、ゆかりの地名がいろんな所にあるということは確かに彼らが架空の存在だったという説に対し疑問を抱かせますね( 我が地元、嬉野温泉も書いて下さってて嬉しい! )。 そして、次回からはいよいよナガスネヒコ( 脛の長さを強調するようなブーツ👢状の履物なんで覚えやすい )との戦いに突入ですかね。 思えばタラシヒメに対してはタブラツヒメが好敵手として描かれてましたし、英雄伝説にはやはりライバルの出現は欠かせないなあと個人的には思っています。 次回も楽しみです。
2026年4月1日
「神功皇后論」神武天皇の機内への道筋のお話。神武天皇が立ち寄った安芸国埃宮は地元に近い町にあったのですね。広島市の中心地などは現在は広い平野ですが、埋立や干拓で広がった場所なので、古代は当然海。潮の流れの描写の凄まじさ。海に面した日本の造船術、操船は秀れていたのだと改めて思いました。 そして神武天皇の女性遍歴を見ると古代日本の婚姻はある意味自由でのびのびした感覚だったのかなと思いました。
2026年3月31日
イワレビコの家族や橿原までの道中の話の日本書記と古事記の記載の違い、そして各地の伝承にだけ残っているというイワレビコの話、興味深く読ませてもらいました。確かに、神武天皇、神功皇后の一切が架空とは考えられないように思います。その伝承に係る地名は大事ですね。「浪速、浪花、難波」のいわれが日本書記に書かれていたのは知りませんでした。市町村合併等で昔の地名が失われていく場合がありますが、どこかに残しておきたいですね。次回から、やたら強そうなナガスネヒコとの戦いでしょうか。楽しみにしています。
神功皇后論の最新回を読みました。 いつも年甲斐もない抽象的でしょーもない感想ですいません。🙇 神武天皇の存在は怪しいとよく聞きますが、日本書紀と古事記に書かれている事にけっこう差があるところからきているのかなぁ〜と思いました…🥹 神武天皇の存在が架空にしては、色んなところに言い伝えがあり過ぎるみたいだしそれは神功皇后にも言えるみたいだし…🤔 なんか神武天皇の物語をちゃんと作ろうとするのは、けっこう難しいのかなぁ〜と思う今日この頃ですね~ 🤔 でも次回作も楽しみに待ちますね~
今週の神功皇后論、早速拝読致しました( ̄^ ̄)ゞ!! よしりん先生をも『わしと似たタイプか?』と言わしめる程に色々と女を乗り換えるイワレビコにも驚きましたけど、オキヨヒメとのタイタニックネタやまさかのいつぞやの珍彦のそっくりさんなサオツネヒコ、そしてやっぱし脚がヤケに長ーい長臑彦にも思わずウケまくりっスよ🤣🤣🤣 そして、イワレビコに限らず神功皇后の足跡を示す遺跡や神社や地名等にも思わず納得させられぱなっしッスΣ(゚Д゚ノ)ノ!!特に、大阪ではお馴染みの難波にもこんな由来があったとは……思わず首を縦に振りまくる程に頷きっぱなしで✨✨ 改めまして、今週もめっちゃ面白かったッスよ*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)’・*:.。. .。.:*・゜゚・*
神武天皇の伝承について詳細に描いていただいてありがとうございます。イワレビコの東征によって港々に女ありの状態だったのは、アレキサンダーが東方遠征の際、ペルシアで兵士と現地女性と合同結婚式を行ったのみならず、自らもペルシア王女と結婚して融和を図ったことが想起されました。息子のタギシミミが義母の皇后を娶ったのも、簒奪の印象を消すためと思われ、カジカと結ばれた鴨別がクマソを征服したような例が、古今東西、繰り返されていると感じました。
神武天皇の伝承の多さと実在性についても、興味深く拝見しました。架空の伝承としては、宇治川の周辺には江戸時代に作られたという宇治十帖の10の古跡があります。何人ものモデルのいる光源氏の子孫たちの物語に登場するシーンを彷彿させる聖地巡り、スタンプラリー的な仕組みを、虚実ない交ぜにして楽しむ文化は、神々が祀られた神社がその起源とも言えそうで、記紀が編纂された時代から繋がっているのかもしれません。また『ちるらん』にも登場する新選組局長・近藤勇の墓は、全国に8カ所もあるとのことで、実在の人物で活躍、慕われた場合は当然のことながら、伝承、聖地が方々に増えてゆくものなのでしょう。
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6 件のコメント
枯れ尾花
2026年4月5日
神功皇后論、最新回読ませて頂きました。
まずは難波という名の由来、教えて頂きありがとうございます。神武天皇、神功皇后にまつわる伝承、ゆかりの地名がいろんな所にあるということは確かに彼らが架空の存在だったという説に対し疑問を抱かせますね( 我が地元、嬉野温泉も書いて下さってて嬉しい! )。
そして、次回からはいよいよナガスネヒコ( 脛の長さを強調するようなブーツ👢状の履物なんで覚えやすい )との戦いに突入ですかね。
思えばタラシヒメに対してはタブラツヒメが好敵手として描かれてましたし、英雄伝説にはやはりライバルの出現は欠かせないなあと個人的には思っています。
次回も楽しみです。
コチャコ
2026年4月1日
「神功皇后論」神武天皇の機内への道筋のお話。神武天皇が立ち寄った安芸国埃宮は地元に近い町にあったのですね。広島市の中心地などは現在は広い平野ですが、埋立や干拓で広がった場所なので、古代は当然海。潮の流れの描写の凄まじさ。海に面した日本の造船術、操船は秀れていたのだと改めて思いました。
そして神武天皇の女性遍歴を見ると古代日本の婚姻はある意味自由でのびのびした感覚だったのかなと思いました。
ゴロン
2026年3月31日
イワレビコの家族や橿原までの道中の話の日本書記と古事記の記載の違い、そして各地の伝承にだけ残っているというイワレビコの話、興味深く読ませてもらいました。確かに、神武天皇、神功皇后の一切が架空とは考えられないように思います。その伝承に係る地名は大事ですね。「浪速、浪花、難波」のいわれが日本書記に書かれていたのは知りませんでした。市町村合併等で昔の地名が失われていく場合がありますが、どこかに残しておきたいですね。次回から、やたら強そうなナガスネヒコとの戦いでしょうか。楽しみにしています。
あしたのジョージ
2026年3月31日
神功皇后論の最新回を読みました。
いつも年甲斐もない抽象的でしょーもない感想ですいません。🙇
神武天皇の存在は怪しいとよく聞きますが、日本書紀と古事記に書かれている事にけっこう差があるところからきているのかなぁ〜と思いました…🥹
神武天皇の存在が架空にしては、色んなところに言い伝えがあり過ぎるみたいだしそれは神功皇后にも言えるみたいだし…🤔
なんか神武天皇の物語をちゃんと作ろうとするのは、けっこう難しいのかなぁ〜と思う今日この頃ですね~ 🤔
でも次回作も楽しみに待ちますね~
ダグドラえもん
2026年3月31日
今週の神功皇后論、早速拝読致しました( ̄^ ̄)ゞ!!
よしりん先生をも『わしと似たタイプか?』と言わしめる程に色々と女を乗り換えるイワレビコにも驚きましたけど、オキヨヒメとのタイタニックネタやまさかのいつぞやの珍彦のそっくりさんなサオツネヒコ、そしてやっぱし脚がヤケに長ーい長臑彦にも思わずウケまくりっスよ🤣🤣🤣
そして、イワレビコに限らず神功皇后の足跡を示す遺跡や神社や地名等にも思わず納得させられぱなっしッスΣ(゚Д゚ノ)ノ!!特に、大阪ではお馴染みの難波にもこんな由来があったとは……思わず首を縦に振りまくる程に頷きっぱなしで✨✨
改めまして、今週もめっちゃ面白かったッスよ*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)’・*:.。. .。.:*・゜゚・*
まいこ
2026年3月31日
神武天皇の伝承について詳細に描いていただいてありがとうございます。イワレビコの東征によって港々に女ありの状態だったのは、アレキサンダーが東方遠征の際、ペルシアで兵士と現地女性と合同結婚式を行ったのみならず、自らもペルシア王女と結婚して融和を図ったことが想起されました。息子のタギシミミが義母の皇后を娶ったのも、簒奪の印象を消すためと思われ、カジカと結ばれた鴨別がクマソを征服したような例が、古今東西、繰り返されていると感じました。
神武天皇の伝承の多さと実在性についても、興味深く拝見しました。架空の伝承としては、宇治川の周辺には江戸時代に作られたという宇治十帖の10の古跡があります。何人ものモデルのいる光源氏の子孫たちの物語に登場するシーンを彷彿させる聖地巡り、スタンプラリー的な仕組みを、虚実ない交ぜにして楽しむ文化は、神々が祀られた神社がその起源とも言えそうで、記紀が編纂された時代から繋がっているのかもしれません。また『ちるらん』にも登場する新選組局長・近藤勇の墓は、全国に8カ所もあるとのことで、実在の人物で活躍、慕われた場合は当然のことながら、伝承、聖地が方々に増えてゆくものなのでしょう。