「神功皇后論」:長髄彦の逆襲

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連載「神功皇后論」最新回です!

302章 長髄彦の逆襲

本日発売の週刊SPA!に掲載されています。
みなさんの感想、ぜひお寄せください。

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9 件のコメント

    枯れ尾花

    2026年5月5日

    神功皇后論、最新回読ませて頂きました。
    戦闘シーンはやはり雑誌紙面で見た方が迫力ありますね。パソコン画面位の大きさならいいですけど、スマホ画面だと正直小さくて迫力がいまいちになりそうで心配です。
    私には先生の渾身の作品を絵画としても観ておりますから、もしこれから先ネット配信になっても単行本にはしてもらいたいです。

    ソングライツ よしゆき

    2026年4月30日

    めちゃくちゃスリリングな展開で早く次が読みたいです!
    矢で打たれるシーンの迫力が凄まじいです!!
    朗読会、名古屋のチェブラジ、今週のライジングに触れて、やっと神功皇后論の凄さが分かりました。。
    今までも楽しく読んでいたのですが。

    ゴロン

    2026年4月29日

     ナガスネヒコ強い!血管切れそうですが。竹淵神社のHPでも創建伝承に触れられていました。日本書記の編纂前に伝えられた伝承なのでしょうか。「藪入り」の由来を含めて興味深いです。
    https://www.takochijinja.com/post/%E7%AB%B9%E6%B8%95%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2
    ナガスネヒコもイワレヒコどちら正統な神の軍として戦っているのが複雑です。記紀編纂時の何か事変を表しているのでしょうか。この後もイワレヒコの戦いは厳しそうです。

    あしたのジョージ

    2026年4月29日

    最新作を読みました。

    イワレビコ達は、ナガスネヒコの軍勢から逃げるのに必死で、鬱蒼とした竹藪に逃げ込んで命拾いしたみたいですが、そこから「藪入り」という言葉が出来たような感じみたいですが、全く知りませんでした。

    東征軍が盾を立てたので、その地を「盾津」と呼び、それが訛って「蓼津」になったという言い伝えもあるみたいですね~

    ナガスネヒコは、徹底的にイワレビコ達を追い詰めて行きそうですが、日本書紀やその地の言い伝えやよしりん先生の考えを織り混ぜて描いていかれる次の話の展開に期待したいです。

    酔いどれカエル坊主

    2026年4月28日

    いつも楽しく、そしてワクワクしながら読んでいます。
    今号も迫力ある絵から目が離せません!
    ヤマ場は、なんといってもイツセノミコト(五瀬命)がナガスネヒコ率いる軍団の矢を受けてしまったシーンでした。丸々1ページを割いて兄上が傷を負う場面は、イツセノミコトの表情もさることながら、受けた矢の力強い描写に思わず目が行きました。
    この回に出てきた竹渕神社、大阪の八尾市にあるそうですが、母の実家も八尾の近所にかつてあったので親近感があります。
    私自身も実はかつて20年以上前に大阪に住んでいたこともあって、近くの出戸というところまではいったことがあるものの、竹渕神社までは行ってないように思います。
    しかも「たこち」と読むとは、初めて知りました。ずっと「たけふち」と思っていました。余談ですが(現在は地名は「たけふち」と読むそうです)竹渕は、三方(北、西、南)を大阪市平野区に囲まれていて辛うじて東にほんのわずかに八尾とつながっているだけで、さながら”飛び地”のような雰囲気です。
    また、「盾津」が訛った「蓼津」という”地名は現在では使われていないようだ”とのことですが、大阪府東大阪市には、市立盾津中学校、市立盾津東中学校があるそうで、周辺の町村が合併して東大阪市の前身の河内市となるまでは、中河内郡盾津町という自治体があったらしいです。ただそれが神武ゆかりの盾津かどうかの確証はないですが、(布施市、河内市、枚岡市の3市が合併して同じ市になった)東大阪市の日下(くさか)は確かに近くにあります。
    ところで1つ気になったところがありまして、その前に竹藪にイワレビコ一行が隠れたのが「藪入り」の語源だと竹渕では言い伝えられていることは今まで知りませんでした。この話で初めて知りました。気にかかったのはその後で、「藪入り」を説明するコマで噺家さんが出てきたことです。たしかに「藪入り」という落語の演目があり有名ですが、私個人の感想を言えば、そこは噺家を登場させるよりも、商家の旦那が店の外に出て親元の実家へ帰省する丁稚を温かく見送るコマにした方が良かったかな、と思いました。
    「藪入り」という言葉が落語でしか使われなくなったゆえの配慮かもしれません。言葉になじみのない読者にわかるように、と苦慮されたのかもしれません。
    そうであるならば、ここはやはり”住み込みの奉公人が休暇をもらって実家に帰る”シーンにした方が良かったんじゃないかな、と私は思いました。読み手の想像力を信じたほうが良かったのでは。

    少し細かいことを言い過ぎて失礼しました。
    しかしこんなにすごい傑作があと少ししたら読めなくなる(連載終了)とは悲しいです。何とかならないものでしょうか。

    ダグドラえもん

    2026年4月28日

    今週の神功皇后論、早速拝読致しました( ̄^ ̄)ゞ!!
    兎にも角にも、ナガスネヒコ無双は止まるトコロを知らずで、そんな窮地の中でもイワレビコの太陽を背に戦うと言うアイデアは、コレは見事だと思いましたよっΣ( ̄□ ̄;)!!
    そして、まさかの「藪入り」の語源がココにあったってのも驚きッスよΣ(゚Д゚ノ)ノ!!ちなみに、私が「藪入り」を知ったのは、原作四コマ本の『サザエさん』だったりもします(^^ゞ。
    その後で、ラストの鬼気迫る表情のナガスネヒコに、今後どうなるかがめっちゃ気になって仕方ないッスよ(^o^)ノシ!!
    改めまして、今週もめっちゃ面白かったッスよ*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)’・*:.。. .。.:*・゜゚・*

    希蝶

    2026年4月28日

    「神功皇后論」、よみました。
    振り向きざまの五瀬命の表情が、何とも!
    「あのシーン」もどう描かれるのか、楽しみです、何ですが…。
    「SPA!」も、本当にもったいないことをする、と思います。
    最後のページの長髄彦のカットも、なかなかでした。

    まいこ

    2026年4月28日

    大迫力の神武天皇の初陣!鬼神のごとくのナガスネヒコが降らせる雨矢に吹き上がる血潮からは、古代のきょうだいたちの絆と息吹を感じます。

    きょうだいたちが持つ盾に施されているのは神代文字をモチーフにしたものでしょうか、後世の旗印のごとく流麗で、軍を率いて掲げるに相応しいデザインは士気も上がりそう。

    盾津は、旧盾津飛行場の跡地にある盾津中学校にのみ名残があるようで、生駒山のすぐ西にまで、河内湖という内海が入り込んでいたとのこと。記紀の地名や寺社名が次々と登場し、その由来が明らかにされてゆくのも、古代と現代が繋がれてゆくようで、ワクワクします。

    何にも知らないネトウヨさんは、せめてこの活き活きとした神武天皇ゆかりの物語を読み、その干からびた知性感性に血脈を通わせては如何でしょうか。

    盾津中学校
    https://school.higashiosaka-osk.ed.jp/_view/tatetsu-j/home/index/shoukai/enkaku

    盾津飛行場 河内湖
    https://yonezawakoji.com/osakatatetsuairport/2/

    白肩津
    https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/chimei/tatetsu/

    竹渕神社
    https://kansaiotera.com/oosakajinjya/yaoshi/takochijinja

    コチャコ

    2026年4月28日

    「神功皇后論」最新話、読みました!
    神武天皇イワレビコと長髄彦の戦闘開始の章。
    長髄彦はニギハヤヒの義兄という地位で畿内の支配者として正当性を誇示しているのだから、必死なのも当たり前ですね。長髄彦の戦意満々の形相とイワレビコ達兄弟の出たとこ勝負みたいな戦い方の対比が面白いです。
    ニギハヤヒが気弱なキャラクターで、長髄彦に頼っている様子がニギハヤヒ側の弱点のように思います。
    神武天皇の戦いの物語に由来する神社があり、古語や地名が伝わっているということはヤマト政権創立期には日本書記に記された以上の凄まじい豪族同士の戦いがあったのだと長髄彦の描かれ方から伺えます。ここから神功皇后の時代まで800年くらいあるのが日本史の奥深さを感じます。
    神々としての正当性を巡る戦いの行方がどう描かれるのか、雑誌連載分でどこまで描かれるのか、次回も期待しています。

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