サトルです。
今回は、「2026年現在」の倉山満を「2020年」の倉山満は、どう見るのか?…を、短いXの文言ではあるが、実際に発言した内容から、シミュレーションしてみたい。(敬称略)
『天皇陛下の譲位はワガママ』自称保守がさらけ出したあまりの非礼と無知. PRESIDENT Online(2020年10月19日)
この記述をベースに論考してみたい。倉山満は次のように論じている。
«「天皇陛下に弓を引くものを『保守』とは呼ばない」»
«「情緒だけで生きる『保守』は、現実よりも『占領憲法を打破してくれ』との自分の想いを天皇に託す。そして裏切られたと思い込み、愕然とする」»
«「『保守』言論人は天皇陛下を『安倍首相に逆らう敵』と見做した。そして、あらゆる手段で攻撃を加える」»
百地章。 八木秀次。 櫻井よしこ。 渡部昇一。
小堀桂一郎。 加瀬英明。
倉山はこれらの論者を批判した。その理由は、単に結論が異なるという点ではない。【自身の願望や期待を天皇に投影している】と指摘したのである。
*ここで1つ思ったことですが、もしかしてこの記事が、産経新聞からこの人を遠ざける原因を作ったのでは…(by基礎医)
では、現在の発言を確認してみたい。
2026年6月20日、倉山満。
«「愛子さまを皇太子に! 先例は阿倍内親王(孝謙・称徳天皇)。道鏡事件を招いた、これ以上ない悪例。秋篠宮も悠仁殿下もおはすのに何の為に? 愛子殿下にとってこそ大迷惑。」»
“https://x.com/i/status/2067013393702363400” (https://x.com/i/status/2067013393702363400)
この発言では、愛子内親王ご本人が「迷惑」と感じていることを示す根拠は提示されていない。それにもかかわらず、そのように断定的な表現が用いられている。
2026年6月。倉山満。
«「陛下のお言葉を曲解する者たち 大御心はすでに示されている」»
“https://x.com/i/status/2066807104925741310”
しかし、ここでいう「大御心」がどの発言に基づくものなのかについては、明確な説明が見当たらない。
2026年6月。倉山満。
«「『愛子天皇』論を言っている連中、天皇になるのを権利だと思っているのか?」»
“https://x.com/i/status/2067052778216943847”
この発言についても、具体的に誰の主張を指しているのかは示されていない。また、そのような主張の引用も確認できない。
2026年6月。倉山満。
«「誰が多数派かはアンケートではなく選挙で決まる」»
«「少数派の雑音など相手にされていない」»
“https://x.com/i/status/2067841946010480694”
一方で、2020年の倉山は次のように述べていた。
«「国民のほとんどにあたる8~9割は、『譲位』に賛成した」»
この際には、国民世論を論拠の一つとして用いていた。現在は「アンケートでは決まらない」と述べている。
アンケート?
各新聞社の統計学に基づいた「調査」をアンケートと呼ぶのかを、私は寡聞にして知らない。
*ここは、「愛子さまトーーク」でもつい使ってしまったことがありますが、世論調査とアンケート、設問に選択肢があるという点は同じですが、その定義は、全く異なります(by基礎医)
両者を比較すると、評価基準に変化が生じているように受け取れる。
2026年6月。倉山満。
«「皇室は男系継承していない? 系図見たら~。もしくは眼科に行くことをお勧めする。」»
“https://x.com/i/status/2067782634055581836”
2026年6月。倉山満。
«「この人、麻原彰晃を世に出した人でしょ。オウムで失敗したからって、愛子殿下を担ぎ出そうなど、ふざけすぎ。」»
(島田裕巳への発言と思われる)
https://president.jp/articles/-/114908?page=1
“https://x.com/i/status/2067840755927077202”
2020年の記事において、倉山が批判の対象としたのは、百地章や小堀桂一郎らの経歴ではなかった。あくまで主張の内容に対する批判であった。それに対し、現在の発言では人物そのものへの言及が目立つように見える。
さらに同日、
«「保守陣営はいまだ20世紀の被害者意識のままで、強者の戦術をとれないでいる」»
«「敵を殲滅する機会を、みすみす逸することになる」»
とも述べている。かつての倉山は、
«「国体とは皇室と国民の絆である」»
と記していた。
これに対し、現在の発言には、
「敵」、「殲滅」、「雑音」といった強い表現が見受けられる。2020年に他の保守論者を批判していた倉山満と、現在の倉山満。
その間にどのような変化があったのだろうか。
後編では、「白旗」、「降伏」、「三手詰め」、「全戦全勝」といった表現も取り上げながら、2020年の倉山満の論理を現在の倉山満の発言に当てはめた場合、どのような評価が導かれるのかを検討したい。
1 件のコメント
SSKA
2026年6月22日
多少乱暴な分類になるのですが、象徴天皇やその在り方を支持する行為には敗戦後喪失し見失っている国家の主権を思想の左右問わず無意識のうちに回復に近付ける導入効果が刻まれ期待されている印象が強まっているのに対し、逆にそれを軽視する者の行いには被占領国としての卑屈な現状を黙認し肯定し続ける弱気な意識が高まりつつあると、半ば結論付けても良いと個人的に感じていますが、暗山さんの思考の変遷からもそれが十分に読み取れると思います。
錯乱しながら色々猛々しい事を述べていますけど、単に女性が国を率いる高い立場になりそうで世界から称賛を浴びそうなのを目の当たりにして、彼は譲位の時とは一転してヘタったり、怖じ気づいて萎んでいるだけです。
彼自身が女性を拒絶する心理以外、伝統も歴史も国家も何も感じませんが、「女性だから」ではなく「男女関係なく」選ばれる双系の意味を相変わらず何も分かっていません。
性別と言う身体的な特徴よりも内面から発せられる逞しさや優しさによって皇室と国民の間で互いに個を尊重しながら支え合う強い支持が築かれて高い理想を抱き続けられる各調査から導き出された見解から必死に逃れたいのが本音で、愛子様の自然な強い個性に怯えているだけです。
俺の説が正しい、女を排除する説のみが正しいって…それは論理ではなく単に劣化した感情や願望ですから、自分で水でも被って頭を冷やす以外正気は取り戻せませんよ。