安定的皇位継承について、元「週刊文春」・月刊「文藝春秋」編集長・木俣 正剛(きまた せいごう)氏の論考を、現代ビジネスが報じています。
「愛子天皇」実現に高い壁…高市早苗「男系男子に限定」発言に正統性はあるのか【現代ビジネス】
概要
・首相「(有識者会議の報告書は)男系男子に限ることが適切とされている。私としても尊重している」
木原官房長官「皇族数確保策をまとめたもの。皇族の養子縁組」を念頭に置いた発言だった」と釈明
本当は、首相の本音が出た発言では?
・万世一系の天皇制が男系男子を根拠とは、まったく非科学的な主張
・実際、万世一系というには、継体王朝は、現王朝につながりがあるかは、かなり疑問
・男系男子に固執するのは、国民の象徴として尊敬を受ける立場でなくなる可能性
・「皇族」(1998年 読売新聞社)著者・広岡裕児(ひろおかゆうじ フランス在住ジャーナリスト)氏
・「日本古来の伝統『天皇』という制度と、『天皇制度』は切り離して区別されなければならない
明治の中頃にできた皇室(天皇制度)は歴史の一瞬の間だけ存在した大日本帝国という『西洋と同じような近代国家』の制度にすぎない」
「(養子制度)皇族を単なる天皇の後継者を生む道具としかみていない 根底に皇族の人間性への軽視」
「(女帝、女子相続を認める解決法が妥当)そもそも皇室の起源を女神と設定
・日本書紀 天照大神が自分の子孫に統治を命じた神勅でも皇孫
大日本帝国憲法のように皇男子孫とは言っていない
・大日本帝国の皇室典範で天皇になったのは大正・昭和の二代
日本国憲法で天皇になったのは、上皇陛下と今上の二人だけ
女帝の10代8人の方がよほど、例外ではないことになる」
・海外の王家とあうたびに「男女平等」ご質問 政治的発言ができない、陛下のギリギリの意志表明
・男系男子一本という主張は非科学的、未来志向ともいえない、頑迷固陋な思考の産物
元の文章は皇族の方の批判や男系男子への拘りが散見されますが、
広岡裕児氏の著作の引用は、見るべきものがあるように思います。
「明治の中頃にできた皇室(天皇制度)は歴史の一瞬の間だけ存在した大日本帝国という『西洋と同じような近代国家』の制度にすぎない」に関しては、所功氏が
「男系男子継承は明治以来の皇室典範の踏襲で、それ以前にそうした規定はない」と『週刊新潮』
「『愛子天皇』を封印した高市首相の言行不一致」で語っていた内容と共通しています。
古代、前方後円墳に埋葬された首領の半分近くが女性であることと
そもそも皇室の起源を女神である天照大神としていることには整合性があり、
「女帝子亦同(女帝もまた同じ)」と記された継嗣令(けいしりょう*)を鑑みても
双系継承という日本の伝統によって御即位されたのは
女性天皇8方10代のみならず、歴代天皇方すべて。
*(757年施行養老律令(ようろうりつりょう)第13番目の篇目)
天皇陛下は、昨年の万博を機に来日した2人の女性大統領との会談によっても
御意思をお示しになられていました。
「男系男子継承は明治以来の皇室典範の踏襲で、それ以前にそうした規定はない」
双系継承こそが伝統であり、歴史であることは繰り返し、
愛子さまが立太子されるまで、伝えてゆかねばなりません。
「愛子天皇への道」サイト運営メンバー まいこ
3 件のコメント
ダダ
2026年4月5日
広岡裕児氏の見識が素晴らしいです!
慣習、明文化された制度、国民の常識感覚から、伝統として残すものを選ぶ責任が私たちにはあるはずです。
SSKA
2026年4月5日
男系男子原則は本来の天皇のものではなく、明治の改革のどさくさに紛れて朝廷から実権を奪った元武士達による押し付けと見た方が歴史的に正しいのだと思います。
将軍や大名と言った仕える主君を失った代わりとして、本来は別なのにそれに近い役割を天皇が託されたのでしょう。
江戸時代の間継子令は生きていますし女帝がお二方誕生していますから、男帝が多い時代でも男女を対等に敬わねばならないと法学者を中心として朝廷では固く信じられ当事者の天皇自身も同様に考えていた筈です。
明治典範の制定や起草においては完全に武士やそれに近い者が主導権を握り、古くからの伝統的考えが排除された結果が条文に現れて現在まで残されているのだと思います。
武家の作法も日本で長く重んじられた文化と言えば一応その通りですが、それがそのまま天皇を現すと言うのは幾ら何でも過去の軽視が酷く乱暴過ぎます。
力ずくで押したがる武士達と西洋の文化とがせめぎ合う中で様々な尊いものが失われていった明治と言う時代について改めて考えさせられます。
突撃一番
2026年4月5日
概要を読んでる限りでは、全部正しいと思いました。