
丹波の篠山盆地や亀岡盆地は、約1億年前から記紀の時代(約2000年前)にかけては赤土を含む巨大な泥湖だったらしく、水生生物の化石が多く出土し、水辺に纏わる地名も多く残っています。丹波には縄文~弥生期の遺跡もありますが、古墳時代から急速に稲作が普及したとされ、丹波(タニハ:丹後や但馬を含む)の語源が「田庭」とされることから、泥湖を干拓して農地に変えた人々が居たはずであり、それを担ったのは大山咋神(比叡山の神:大歳神の子)だとされます。ちなみに大井神社(京都
府亀岡市:祭神は月読命・市杵島姫・木俣神)の伝承によれば、境内の神池は泥湖の乾き残りとのことです。
さて、大山咋の父・大歳神は饒速日命(邇邇杵尊より先に降臨した兄神)と同一視されますが、神武東征前の丹波を治めていたのは大国主神と饒速日命だと思われる(※「皇祖神の女系血統~」参照)ため、その子孫が丹波を開発したなら整合的です。また大山咋と言えば、玉依姫(賀茂建角身の娘:磐余彦と五十鈴姫の母)に妻問して賀茂別雷神を生ませたのは火雷神ではなく大山咋神との説があり、「稲の妻」としての雷と丹波を穀倉地帯に変えた偉人は共に農業神なので両説ともアリだと考えます。また「我らの還るべき地平~」で述べたように「玉依姫=百襲姫」なら、讃岐国での稲作普及や水利事業は後に送り込まれた大山咋兄弟(土木や農業の神々)の仕事かもしれません。
ところで、亀岡には大井神社(上記)や桑田神社(祭神は大山咋・市杵島姫)といった市杵島姫(宗像三女神の三女:饒速日の后)を祀る社が多く、松尾大社(京都市西京区)の祭神も大山咋と市杵島姫であり、その境外摂社である月読神社の祭神は月読尊(天照大神の弟)です。月読社境内の「月延石」は、三韓征伐に赴く臨月の神功天皇が出産を延ばすのに使ったとされる石ですが、月讀社の本社も月延石の本体も壱岐にあり、そこは宗像系海人豪族(本シリーズでは賀茂氏を含む)の支配海域であり、これで市杵島姫も月読もタニハと繋がります。
ちなみに神功天皇による三韓征伐の際に満珠と干珠(山幸彦が海幸彦を懲らしめた時も使用?)を授けた安曇磯良は穂高見命(豊玉姫・玉依姫の兄弟)と共に海人豪族・安曇氏の祖とされ、満珠&干珠と関係の深い和布刈神社(北九州市)の祭神は瀬織津姫(天照大神荒御魂)です。
以上の如く日本神話は女傑だらけですから、
どう考えても愛子天皇こそ伝統回帰でしょう。
文責:京都のS