「これがお前の敗北の味なんだ。お前には、このつくね親子丼のような愛情のこもった料理は食べられないからだ。なぜなら、誰もお前を愛していないからだ!お前のために料理を作る人間は、お前からの金が目当てかお前に目をつけられるのが怖いから作っているだけだ。お前は誰からも愛されていない。こんなの敗北以外の何物でもないじゃないか!」
このセリフは、漫画『美味しんぼ』の主人公・山岡士郎が品性下劣な記事や番組で悪名高い極亜テレビの社長・金上に言い放った言葉です。なぜ、このセリフを紹介したか、それは現在の安倍派の凋落ぶりを見て思ったからです。
https://news.yahoo.co.jp/articles/53bf55da05f2ffca0bed6a4553150f784b405780
NEWSポストセブン 安倍元首相の地元・下関で進む“安倍離れ” 自民党市議会も最大派閥逆転で王国崩壊
こちらの記事では、安倍元首相の後継者が見つからず事務所が閉鎖に追い込まれようとしているばかりか、地元である下関市議会ではライバル・林派に吸収され勢力が逆転したということが紹介されています。また、安倍事務所のスタッフもそのライバルである林芳正議員の事務所に転職活動をしているとのことです。
この記事を見て、私は安倍元首相と金上が重なって見えて仕方ありませんでした。
女性宮家創設を潰したこと、生前退位を妨害したこと、統一教会などと癒着し自分たちの利益を図ろうとしたこと、そしてあの国葬が決まるまでの経緯とその内容を見てです。
これらをみて私は、安倍元首相が心から愛されていたとは感じられませんでした。
対象的に、エリザベス女王の国葬、そして昭和天皇崩御の様子を見ると”本当に愛されている人の葬儀”がどういうものなのかをわからせてくれる気がしました。
そして、天皇皇后両陛下の愛情を受けて育った愛子さまに天皇・皇太子になってほしい、そうしなくてはならないと改めて思った次第です。
*このつくね親子丼は、士郎が高校生の時に親知らずを抜歯したがために食事が満足にできず見かねたおマチ婆ちゃんが士郎のためにつくったものです。おマチ婆ちゃんの士郎への愛情が料理へと姿形を変えたものでした。愛子さまに関しても、幼き日に天皇皇后両陛下から貰ったおもちゃを見ていると両陛下の愛情がおもちゃへと姿形を変えたものなのだなと思えます。でも安倍元首相にはそれがあったのだろうか、そう思えてなりません。
参考話:美味しんぼ63巻
文責 山梨県 jacker
4 件のコメント
希蝶
2022年10月19日
先にライジング449のコメント欄で、海原雄山と奥さんの関係の話を投稿したこともあり、興味深く読みました。何巻だか忘れましたが、雄山のために奥さんが何か裁縫をしていて、雄山の態度に腹を立てていた山岡が、その裁縫をだめにして、逆に母親から怒られたというエピソードがありましたが、つまり、雄山の妻は雄山が藝術家として大成することを望んでいたので、その夫への「愛情」をだめにされたので、息子である山岡に怒った、ということになるわけでしょう。
私は未読なのですが、雄山は山岡に自分の妻、つまり山岡の母親のことで謝罪したと聞きました。彼も己の所業に恥じ入るところがあったのでしょう。そして、自分の奥さんを不幸にしたことを反省したわけで、愛情があったと言えるわけです。そう考えると、雄山は(いわゆる亭主関白型で、男尊女卑派の人間ではあるけれども)下劣な人間ではなかったのだ、ということになります。藝術家は美を求めるのだから、よけいに自分の心と向き合わねばならなかったのではないか、と思うのです。
話がTV局の社長の話から脱線しましたが、誰かのことを真に愛しているかという問いかけをされると、自分も首をひねってしまうことがあります。自分が誰かを好きである気持ちと、誰かが自分のことを思っている気持ちが一致するなんてことがあるのでしょうか?人間は常にそういうことで悩み続けるのではないか、だからこそ、自分のしていることが欲得であるかないか、自己の利益のみを追求していないか、と検証し、確認しなければならないと思います。上に立つ立場の人間ほど、そういうことをせねばならぬのでしょう。
しかるに、故安倍元首相とその取り巻きは、美しい国というスローガンを掲げながら、その実、非常に美しくないことばかり繰り広げてきました。彼らは自己の心と向き合い、内省するなんてことをしてきたのでしょうか。してないのなら、今からでも遅くないから、そうせよ、と命令したいです。
長々とくだらないことを記しましたが、政治家が己の心と向き合い、そして、真に国民の福祉のために働いて欲しいと願います。長文で失礼致しました。
京都のS
2022年10月19日
皇室には『誡太子の書』が顕著に現わすように「ノブレスオブリージュ(位の高さ=徳の高さ)ゆえ人格を陶冶すべし」という文化みたいなものがあると感じます。その「徳の高さ」こそが国民に本物の権威と認識させるのでしょうが、自己の人格を陶冶した形跡の無い権力者(故人なので悪く言いたくないが安倍氏が典型)にも権威を感じてしまう大衆の権威主義こそが大問題です。本来なら常識を発動できる庶民でも溢れ出る情報に曝露し続け、さらに大衆世間の振る舞いを見続ければ容易く権威主義に堕してしまいます。この日本人の世間主義と権威主義という「負の国民性」は本当に深刻です。
ところで、『美味しんぼ』の山岡士郎は「ぐーたら」だの何だのと言われながら良い意味での個人主義者だと感じます。おそらく海原雄山を慕って集まった人々に愛されながら育ったことが影響しているはずですし、雄山が息子である士郎に厳しく接したのは彼の自立心を養うためだったとも考えられます。
こう考えてくれば、作中の金上も山岡もリアルのA氏も皇族方も、そこには「親ガチャ」って要素が厳然と横たわっているように感じられます。しかしながら、原因はどうあれ行為の結果には責任を取らねばなりません。金上は敗北を受け入れ、A氏は殺され、Aシンパは信用を失い…ということです。
ただし
2022年10月19日
面白いお話をご紹介下さり、どうもありがとうございました。
自分の欲しか考えない、他人への愛情を欠いた人間には、愛情からのしっぺ返しを受けて欲しい、バチ被って欲しいと感じました。
ダダ
2022年10月19日
安倍晋三は国民を愛していなかった。その実感ならあります。
一方、皇室が国民の幸せを願っていることは痛いほど感じます。一日でも早く皇室典範を改正しないといけませんね。
(美味しんぼにこんなアツいセリフがあるとは(≧◇≦)!)