雅子さま 30年来仕えたベテラン女官が勇退…長期ご療養、愛子さまの登校不安も支えた“恩人”(女性自身) – Yahoo!ニュースhttps://news.yahoo.co.jp/articles/1961163ed3afd0730ee722a0f9b3d4eac7f2d4e1
女性自身の記事を紹介します。
雅子さまは英国ご訪問という大任を成し遂げられた後も、令和の国際親善を加速させようとされています。その陰で、雅子さまが皇室に入られてからほとんどの年月をともにされてきた、“恩人”との別れがありました。
その「恩人」とは、両陛下のご成婚の翌年にあたる1994年1月に東宮女官に着任し、天皇陛下のご即位後も女官として仕えてきた岡山いちさん。行事での所作に精通し、祭祀などで装束を着付ける“お服上げ”にも詳しく、両陛下や職員からも信頼を得ており、温和な語り口や優しい雰囲気で、非常に温厚な人柄で知られてきました。
岡山さんが、陛下と雅子さまからの絶大な信頼を得るようになったのは、これまで数多くの苦難に直面してきた天皇ご一家に寄り添い続けた30年の日々があるからにほかなりません。登校不安となられた小学校低学年の頃の愛子さまを守られようと懸命に奔走し、心労も募らせていた雅子さまを、岡山さんはいつもすぐ側で献身的に支えていました。
月日が流れ、愛子さまは登校不安を克服され、健やかに成長し、今年4月日本赤十字社に就職されました。その頼もしいお姿と、英国ご訪問から帰国された両陛下を見届けたかのように、岡山さんは7月12日に退職されました。
積年の献身を、陛下と雅子さま、愛子さまも全力で労いたいとお考えで、岡山さんのこれまでの恩義に報いようと、両陛下と愛子さまは慰労される場を設けられたそうです。
「宮内庁を離れてからも、侍従や女官らを折々に御所に招かれるなど、生涯にわたって感謝を伝えていくことが、天皇家に伝わる労われ方になっているそうです。退職後も、岡山さんは天皇ご一家を見守られていくことでしょう。」(宮内庁関係者)
苦楽を30年間共にした雅子さまと岡山さんの絆は永遠です。
「愛子天皇への道」サイト運営メンバー さおりん
2 件のコメント
突撃一番
2024年7月25日
記事にもあったが、他の職員等と異なり、天皇家のプライベートな部分でお世話をする比重が大きいゆえに、女官は特に、皇族との信頼関係が重要だそうですね。
おまけに岡山さんの場合、実母の介護もしながら、宿直もある激務を全うされたとの事。
家政婦のように、ただ「仕事だから」というだけで出来る事じゃないよ。人生・人格の全てを、皇后さまや愛子さまへの献身に、投じてくださっている。
30年来の付き合いとなった天皇ご一家からの、この上ない手厚い労いを賜った事も納得だけど、成年記者会見、赤十字御就職と続く愛子様のご成長を見届けた時の彼女の達成感は、一体どれ程のものだっただろうか。
ナンデモ三日坊主の俺には、全く想像もつかないです。
人間同士の関係性が、スマホだのSNSだの退職代行だの、とにかく希薄になるばっかりの日本にとって、岡山さんが辿ってきた東宮女官としての半生は、絶対に教訓とすべき物語だと思う。
そんなわけで是非、伝記にして下さいよ。
お願いします森陽平さん!!
※ ここからは大事な余談だよ。
軽井沢で病気療養中の雅子妃殿下に生活必需品を届けに行かれたのも、岡山さんでしたよね。
また、愛子様が不登校(確か、いじめが原因だったよな?)となられた際、付き添われる雅子様のお傍にも常に、岡山さんの姿があった事も、記事では明らかになっていますよね。
下衆の勘繰りかも知れんけど、よーするに、バッシングとか“男児出産圧力”で、雅子様を適応障害に追い込んだ週刊誌とか宮内庁、そして愛子様をいじめたクソガキ共の“尻拭い”すら、我々国民は岡山さんに「やっていただいてる」って事なんだよ。
国民主権病重症患者のバカ国民は全員、菓子折りでも持って挨拶に出向いたらどうだ??
サトル
2024年7月25日
「岡山いち」さんに、国民の1人として、感謝の念を述べたいです。
ありがとうございます!
そして記事にした「女性自身」素晴らしい!(新聞社勤務の人の情報どうりですね!)
またその優良な記事紹介してくださった、「さおりんさん」にも、感謝を。
いつもありがとうございます。