343空、剣部隊司令官の源田実氏をご紹介します(その6)

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引き続き各地転戦して奔走する航空参謀、源田実氏をご紹介します。(前回のあらすじを含みます。)


真珠湾攻撃後、日本帝国海軍は連戦連勝していきます。しかし、上層部全体に慢心はびこり、アメリカの揺さぶりが日本の勢いを崩していきます。
 当時の源田実氏は連戦の中、自軍の違和感が出て来ているのを感じていました。最初の真珠湾攻撃では上手くいった航空戦、しかしセイロン海沖の戦いで旗艦「赤城」に至近弾を受けるまで艦隊全員が気付かなかった事や兵装転換時の隙に爆撃され、弾が当たれば大敗していた危なかった事があり、”あれ、ヤバいんじゃないか?”と源田実氏以外に山口多聞氏が思うも上層部や司令官達は勝利の美酒に酔い潰れる状態でこの問題は有耶無耶にされました。

この状態の空気感は、今にも通じ、”皇位継承?まだまだ大丈夫でしょう?今はそれより大事な事があるよ。”と与党含む政治家達の皇位継承安泰についての危機感と似ているところがあります。

またアメリカの揺さぶりで本土空襲があり、民からの軍の不満も高まり、浮ついた上層部含む山本五十六長官が焦り、ミッドウェー海戦を強行していきます。ミッドウェー海戦のミッドウェー島はアメリカにとっても最重要な場所で日本とハワイを繋ぐ生命線です。アメリカがここを取られれば将棋で言う”詰み”の状態になると言われてました。その為、アメリカはここを厳重に守っています。しかし、焦っていた為にこの重要な作戦はガバガバであり、源田実氏や山口多聞氏、大西瀧治郎氏は不安視し、源田実氏はこの作戦に反対しました。源田実氏いわく、まず準備期間が短すぎて兵たちの練度不足になり、攻撃と拠点制圧両方するという目的は最悪どちらも失敗するから反対だと山本五十六長官達に意見具申をするも聞き入れず、団結していた編成がバラバラにされたりして源田実氏は参謀として調整に走りました。

また、このミッドウェー作戦ですが、情報統制がまたガバガバであり、軍内に浸透するより先に民間が知っていたりとあり得ないほど敵に有利な状況を提供しています(*映画「連合艦隊(1981年)」にも、そのような描写がありましたね by基礎医)。心ある将官達が”何て事してくれてんだ!?敵より先に彼奴等(上層部)を攻撃してやりたい!!”と腸を煮えさせて奔走していた状態でした。

その際の労苦が祟ったのか、源田実氏は肺炎を患い病身でミッドウェー海戦に臨みました。この時、日本帝国海軍は空母を6隻で行くところを2隻が万全じゃないとして4隻で攻めこみました。戦力を3分の2で臨み、一方アメリカは空母が損傷するも、死に物狂いの突貫工事力があり、一ヶ月半かかる修理をわずか3日で仕上げ、戦闘態勢を整えていました。


開戦前から敗戦の黒雲が日本帝国海軍にかかっている状態で、日本帝国海軍は威風堂々とアメリカに仕掛けます。最初は日本帝国海軍の方が滑り出しが順調でしたが、索敵力がアメリカの方が上で、予期せぬ奇襲に混乱します。この時、源田実氏は先に攻撃に出た戦闘機を待ち、そこから第2攻撃をしようと判断し、準備を整えました。すぐ次の攻撃隊を発進すると先の攻撃隊を燃料切れによって不時着水で失うことになる可能性があるからです。しかし、この隙をアメリカにつかれ、源田実氏が最大の攻撃として推していた急降下爆撃を自軍の母艦にされ、また、兵装転換中に攻撃され、艦上に並べられた魚雷が爆発し、壊滅されました。また、この時、指揮官総崩れのさい、まだ戦闘可能であった空母飛龍に乗艦していた山口多聞氏が、「我レ今ヨリ航空戦ノ指揮ヲ執ル」と発光信号を発し、最期に日本帝国海軍の意地を見せ、山口多聞氏は飛龍と共に突貫攻撃しました。この時、源田実氏は自分の力が及ばず悔み、「不安もあるが今度も勝つだろうといった自己欺瞞があった」と戦後に言われ、また、「図上演習なら第二次攻撃隊を優先させたが実際には第一次攻撃隊の搭乗員に不時着しろと命令できなかった、見殺しにすれば相打ちくらいにはできた」と吐露しています。軍人の将官として、自分達の兵たちの犠牲は抑えたいし、出来るだけ生かせたい、しかし、勝ちに行く為には犠牲が必要、先に攻撃に出た兵たちを見殺しにして勝ちを取りに行くべきだったか、と悩みました。果たしてどちらが正解と言えるのでしょうか。今でも考えてしまう問題です。


これ以降源田実氏は自らの仏心を戒め心を鬼にして見敵必戦を心がけたと言います。また源田実氏は、連合艦隊司令部があと1ヶ月作戦を遅らせれば空母「翔鶴」「瑞鶴」「飛鷹」が戦列に加わり有利に戦え、日本軍の第一目標がミッドウェー島攻略であったことをそのままに徹し、戦略戦術から言ってどうも納得できない部分だった、戦艦主兵か航空主兵かも曖昧で当時、大艦巨砲主義の浪漫を詰め込んだ戦艦「大和」と戦艦群が機動部隊の後ろからついてくることを改善出来ていたらとこぼしていたそうです。


今回はここまで、その7に続きます。次回は敗戦にて若手の特攻隊の具申からになります。

文責(色々アヤシイ)神奈川県 神奈川のY

4 件のコメント

    神奈川のY

    2024年11月7日

    あしたのジョージさま、コメントありがとうございます。目の前で絶望する兵たちと戦艦と山口多聞氏の命、どちらを取るかの選択は難しいです。この戦、この状態で勝利しても果たして道に沿っているか疑問がありますね。将官の辛さが観えた瞬間で、参謀の辛さと言うか何というか。考えさせられます。

    神奈川のY

    2024年11月7日

    基礎医さま、コメントありがとうございます。確かに勝ち戦には運もあり、不思議な要素がある事がありますが、敗戦には必ず原因がありますね。笹先生は戦地に行ったり、元軍人さんと話したり、現場での空気を肌身で感じているため、私も伺ってみたいです。しかし、山本五十六長官、もったいない、山口多聞氏ももったいないです。周りの慢心した雑音を退けられたらと思うと、やっぱりリメンバー・ミッドウェーです。また、戦闘機で不時着水されて置いてけぼりを喰らったらと当時の兵たちの気持ちを考えるとこの時の源田実氏の判断は間違いではないとも思えますが、一方では戦艦失い、山口多聞氏も失って敗戦しているので、自分だったらどうするかというとたぶん同じ選択してると思いました。もし可能ならミッドウェー前に山本五十六長官の周りの雑音を吹っ飛ばしてを選ぶと思いますが。

    あしたのジョージ

    2024年11月7日

    部下の命を優先させるか勝利を優先させるかの究極の選択を迫られている時に、どちらを選択するかで勝敗が決まる、非常に厳しい選択ですね。
    上に立つものの責任は重いと思いました。

    基礎医学研究者

    2024年11月7日

    (編集者からの割り込みコメント)(愛子天皇への道の主旨から外れますが)ミッドウェー海戦については前から関心がありましたので、興味深くみました。なるほど、野球の野村監督ではありませんが、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負け無し」ですかね。それと、戦略的には重要というのは、自分知りませんでした。真珠湾と異なり、ここを押さえてアメリカへの攻撃の足掛かりにする、と当時は考えていたようですね(しかし、そもそもこの戦争、防衛戦争と位置づけるのならば(目的が有利な条件で講和というゴールが見えているのならば)、アメリカへの攻撃よりも、後に絶対国防圏と定義されアメリカに制空権をとらせないためのサイパン・テニアンを固めることが最重要だったように自分には思えたので、やはり不思議です。ここは、笹さんに聞いてみたいところ)。
     いずれにしましましても、戦争の話には”教訓”となる話がいっぱいあることが、今回の連載から良く伝わってきます。

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