343空、剣部隊司令官の源田実氏をご紹介します(その10)

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引き続き問題児多めの剣部隊と源田実オヤジ殿をご紹介します(前回のあらすじを含みます)。


日本が戦況不利の中、意気軒昂に剣部隊と源田実氏が空戦で奮戦します。その中で良く言えば個性的なパイロット達と源田実氏の関わりが観えるエピソードを幾つか挙げて、剣部隊のパイロットをご紹介します。
一人目は志賀淑雄大尉です。

志賀淑雄達大尉は生まれは厳格な教官の家の生まれで、教官の父は山本五十六長官を教えていたとあります。一見、志賀淑雄大尉は優男風のハンサムな出で立ちの人ですが、彼の性格には上の人に意見があれば直言する性格で、海軍兵学校では皇族の当時、海軍で荒っぽい宮様と言われた伏見宮博恭王の順番抜かしを直言して、学校で皇族を殴ったと噂が立ったことがあったそうです。実際は近くのバケツを蹴っただけでしたが、後に伏見宮博恭王からは、他の人は忖度する中、彼だけは直言した漢と言う事で伏見宮博恭王から目をかけられ、父の訃報を受けた志賀淑雄大尉に帰宅許可が出したというエピソードがあります。また、パイロットを目指したきっかけは源田実氏の源田サーカス(アクロバット隊)を観たからとあり、源田実氏との御縁が始まります。

彼はパイロットになり、源田サーカスに入って源田実氏とあちこちまわり、シナ時変(日中戦争)にて初陣に中国軍の戦闘機を一機撃墜するなど活躍しました。しばらくして戦艦加賀に着任し、秘密の真珠湾攻撃の訓練のさい、ふと”あれ?ここ(鹿児島湾)ってどこかに似ているな”と当時、攻撃目標を真珠湾を機密にしていたのに勘付き、源田実氏から「本来なら直前までは伝えないと言う決まりだが、お前は勘が鋭いから訓練内容から作戦に気づいてしまうから教えてやる、奇襲作戦で攻撃目標は真珠湾だ。」と打ち明けられたとあります。そのさい、志賀淑雄大尉は源田実氏に「奇襲に頼らなくても自分達の腕なら正面からでも行ける!」と訴えると、源田実氏は「無茶を言うな、これでも大分譲歩してもらったんだ、最初は雷撃隊による片道攻撃だったんだぞ。」と答え、志賀淑雄大尉はそれほど深く検討されたのかと思う反面、一層作戦への大きな重圧を感じたといわれてます。

また、正規空母の加賀から商用船を改造した隼鷹への転任が決まったさい、不服で、源田実氏に抗議しにいくと、「お前、加賀艦長岡田次作大佐と何かあっただろう?」と言われ、この時、志賀淑雄大尉は部下に加賀の甲板上で体操することを許可して岡田艦長と口論になったことが思い当り、お互いギスギスしていました。源田実氏はお互いの為にならないと思ったそうで、「隼鷹は正規空母と同じ攻撃力がある」と嗜め、それならばと志賀淑雄大尉は納得したとあります。志賀淑雄大尉は隼鷹にて後の南太平洋海戦にて、闘将と言われた角田覚治中将と共に敵艦空母エンタープライズに攻撃し、ホーネットを撃沈させました。この時、志賀淑雄大尉は敵艦の前には凄まじい数の護衛機が待ち構え、更に激しい対空砲火の中に突っ込み味方が一撃しやすいよう、死なせないように集中砲火の的になり、味方を守りつつ攻撃を成功させました。この時撃沈させたホーネットはミッドウェーでの山口多聞氏が散った戦いでの因縁の敵であり、一矢を報いたとあります。また、その後志賀淑雄大尉は海軍航空技術廠のテストパイロットに着任し、前任者の周防元成(同期)が志賀はむちゃをやるので戦場にいたら死んでしまうと心配して推薦したとあり、ここで志賀大尉は、後の剣部隊の縁の下の力持ちになるきっかけを得ました。志賀淑雄大尉曰く、海軍航空技術廠のテストパイロットが軍で最も真剣に当たった時期かもしれないと回想したそうです(ウィキペディア参照)。

志賀淑雄大尉は設計者と協力して紫電改を役に立つ戦闘機に仕上げ、志賀淑雄大尉曰く、「零戦は深窓のご令嬢のイメージがあるが、紫電改は下町娘のお転婆」と語って、またアメリカの戦闘機はイノシシみたいに攻撃的で「令嬢」だと負けてしまう、「紫電改」の何にでも噛みついていける猪のようなおてんば娘でないととも評していました。
 その後、源田実氏から直々にスカウトされ、三四三海軍航空隊、343空の飛行長に着任しました。その際、志賀淑雄大尉がテストパイロットを務めた紫電改が集中配備されて、志賀大尉は司令の源田実大佐とともに戦闘の指揮に当たります。ところが上層部がそれを面白くなかったのか、志賀淑雄大尉に谷田部空への転任辞令が出ます。そのさい、源田実直々が「うちの子は絶対にやらん!!」と中央に掛け合って(色々闘って)志賀淑雄大尉の転任を無しにしました。志賀淑雄大尉は剣部隊の飛行長で、さっそく個性的な三人(鴛淵孝大尉、林喜重大尉、菅野直大尉)の飛行隊長に指導しましたが、三人とも馬耳東風といった様子であったため、難儀しました。そのため、三人に対し源田実氏と直結して意向を聞き、思想を統一するように指示したそうです。志賀淑雄大尉によれば、これが非常に良く、バラバラな個性でチームプレイが抜群となったそうです。また、志賀淑雄大尉自身もかつて先輩の源田実氏が「赤城」に来る時、源田より技術が下であるにもかかわらず、同僚とともにその着艦を評定するといった増長があったので、そのくらいの気持ちがなければ戦闘機乗りなどは勤まらないのかも知れないと思ったそうです。こういった理由から志賀淑雄大尉は地上で搭乗員の支援に徹することを決心し、指揮官しつつ、部隊のお袋さんをしていきました。


志賀淑雄大尉曰く、剣部隊のパイロット連中は南方の激戦を潜りぬけた荒くれものが多く、野獣がパイロット服着ていると思えたそうで、何かあるたびに源田実氏と尻拭いしたりフォローしたりして駆け回ったそうです。他部隊とのケンカも多く、その際は仲裁しつつも仲間達にはケンカで負けるな!勝て!!と言ったエピソードがあります。

今回はここまで、その11に続きます。
次回は、問題児菅野直大尉と源田実氏のほっこりと切なさをご紹介致します。


文責 神奈川県のイノシシのY(神奈川のYさん(笑)のことですby基礎医)

11 件のコメント

    神奈川のY

    2024年11月17日

    KOさま、コメントありがとうございます。志賀淑雄大尉は元々剛直な性格で上の人を立てるのが出来ない質だったかもしれません。それが剣部隊の若者達の面倒を観るうちに柔らかくなり、隊員のフォローにて気を配り、上に掛け合ったり、源田実氏に相談し、剣部隊を盛り立てたりしていったと思います。

    KO

    2024年11月17日

    今回もじっくり拝見しました。読み応えあって楽しいです。真珠湾攻撃には強気な発言の志賀大尉も地上で搭乗員の支援をする決心をするまでに至るには、年齢と共に成長と技術に裏打ちされていたのでしょうね。人との出会いは大きいですね。ありがとうございました。

    神奈川のY

    2024年11月17日

    くりんぐさま、コメントありがとうございます。伏見宮博恭王は最初は傲慢で荒っぽいところがあったそうですが、諌めてくれる人がいたため、良かったのかもしれません。また、あの宮様詐欺師に関しては遠慮なく叩き出しても良いかと思いました。

    くりんぐ

    2024年11月17日

    志賀淑雄達大尉のエピソードで出てこられた伏見宮博恭王は、旧11宮家の一つである伏見宮家出身の傍系皇族。
    戦前の傍系皇族には問題行動を起こして天皇に迷惑をかける者もいた中、伏見宮博恭王の皇族である自分に忖度せず直言する志賀大尉を評価され、目をかけられていたエピソードに「まともな方も居たのだ」とホッとしました。

    神奈川のY

    2024年11月17日

    あしたのジョージさま、コメントありがとうございます。トップガンマーヴェリック、調べて動画を見ました!確かに源田実氏がアメリカ人の軍人だった場合、あんな感じなのかなと思いました。パイロットと戦闘機を間近で観てみたいです。

    あしたのジョージ

    2024年11月17日

    テレビでトップガンマーヴェリックを観ましたが、トム・クルーズ演じるマーヴェリックが現代の源田実氏に見えました。
    (アメリカ人ですけど🥴)

    基礎医学研究者

    2024年11月17日

    >サトルさん
    基礎医です(神奈川のYさんを差し置いて、失礼します)。なるほど、Aviatorか!?なんか、マーチン・スコセッシの映画のタイトルのようだ。なるほど、そういわれると、たしかに空母には乗っているけど、自分の主戦場ではあらゆる局面で自己責任が伴うので、くせが強くなるのをやむをえないか?なるほど、説得力を感じました(^_^)。

    神奈川のY

    2024年11月16日

    基礎医さま、コメントありがとうございます。志賀淑雄大尉ですが、パイロット時代の写真を見ると優男の優しそうな物腰が見れるイケメンでございまして、高齢の御婦人に見せた瞬間、黄色い声をあげて夜間眠れずナースコール頻回に押す威力がありました。私もすっごいハンサムだな!きっと冷静沈着な趙雲タイプかなと思いましたが、実際は張飛と関羽を足した存在で、確かに普通に扱いづらい人だったのだなと思いました。だからたぶん源田実氏しか扱えない人です。(関羽と張飛が好きだからか志賀淑雄大尉も好きですが。)彼のエピソードに戦後、小園司令の厚木航空事件(戦闘機で徹底抗戦のビラをまいたアレです。)のさい、加勢の要請があり、志賀淑雄大尉は「わが隊は行動をともにしない。余計なことをするな、帰れ!」と一喝して追い返したとあったりしたとあります。
    あしたのジョージさま、コメントありがとうございます。志賀淑雄大尉はまだ他の大尉達よりまだ、大人しい方に入ります。胸焼けしないよう、注意です。戦後、志賀淑雄大尉は防弾チョッキ等の会社を立ち上げたりしていましたのでなんだかんだ生き抜けてた気がします。当時のパイロット達は戦後、抜け殻のようになってしまう事がありましたから、彼の戦闘力、強いバイタリティが戦後も生かされたのは驚きです。
    サトルさま、コメントありがとうございます。確かにサトルさまが言うようにパイロットと言うより、志賀淑雄大尉達は「アビエイター」ですね。また、航空自衛隊の四字熟語の「勇猛果敢、支離滅裂」も言い得て妙だと思いました。たぶん敵が多数いる中で目標を攻撃し、生き抜くというのは問題児と言われる程のクセが強くないと、とも思いました。また、志賀淑雄大尉は大部分は張飛、関羽ですが、感が鋭く、冷静に対処も出来ますのでそこは趙雲に通じるものがあるかと思いました。多勢の敵に突っ込む姿勢とか。

    サトル

    2024年11月16日

    いつも楽しく拝読しています。
    (ブロク主を差し置いて失礼しますが(^_^;))
    >基礎医さん

    たぶんこれは「海軍の飛行機乗り」が関係している…と思います。
    アメリカ(英語)…を例に挙げる…のもなんですが、海軍の飛行機乗りは、自身をパイロット…とは言いません。
    「アビエイター」と、言います。
    パイロット…は操縦「資格」のある人…ですが、「アビエイター」は、古い表現…でもありますが、「冒険家」の意味合いを内在している。技量はもちろんのこと、「航空」を愛する者…プライドの塊…と言っても過言ではないかと。

    海軍は、その性質上…(空母から)飛び立てば、ほぼ「自身の位置」は、目測できない(大海原ですから)。
    頭はもちろん(位置計算)のこと、より強い空間認識、精神力…の自負…がある人達かと。気性、クセも含め。

    ともすれば、日本海軍の軍人は「スマートさ」が打ち出されますが(実際そうですが)、ただ「飛行機乗り」に関しては、(おそらく世界中)陸軍、海軍(今は空軍…が、ありますが、当時はない!)の違いなんじゃないかと、思う次第です。

    あしたのジョージ

    2024年11月16日

    志賀淑雄大尉という人は、クセが凄過ぎて今の世の中だったらまともに生きていけないんじゃないでしょうか。
    でもこういうクセの凄い人達がいて日本を守ってくれたおかげで、今の平和ボケした日本があると思います。
    一番平和ボケしたような私が言うのもなんですが。🥴
    次回もクセが凄い人達を紹介して下さい。😀

    基礎医学研究者

    2024年11月16日

    (編集者からの割り込みコメント)今回は、問題児の志賀淑雄達大尉のお話しでしたが、自分、この大尉の人物像よりも、源田実がこういう部下をよく用いたことが、興味深かったですね。正直、志賀大尉、私的には、あまり近くにいてほしくない人物です。くせが強そうで(;^_^A。

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