343空、剣部隊司令官の源田実氏をご紹介します(その11)

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引き続き源田実オヤジ殿と今回は剣部隊一のきかん坊で勇猛果敢な菅野直大尉をご紹介です。続けて2回に分けてご紹介します。


菅野直大尉は南方の戦いで、敵には勇猛果敢に空中から急降下に体当たりしたり、軍の上役の心にない発言にムカっ!として暴れまわります。
その為か、ベテランパイロットでありながらも軍の上層部には扱いづらいパイロットで、菅野直大尉は1944年11月に、セブ島に飛行機を空輸して帰る際、部下から特攻隊員を出すように要求されるが、拒否して部下を出すくらいなら自分がいくと主張したさい、上層部の人に「こちらもお前が特攻に行ってくれるとありがたいが、お前はベテランパイロットでいなくると困る。特攻隊の護衛をしてくれ。(意訳)」と言われたほどだそうです。

そこに誰もが驚く事件が発生しました。セブ島の現地部隊に零戦を取られ、中功でマニラへ帰還してる途中、アメリカのP-38に襲われ、「もう駄目です、皆さん、諦めてください」と中攻操縦士が告げると、菅野直大尉が「どけ!!俺がやる」と経験のない中攻操縦を交代して敵機の追撃を振り切りルバング島へ不時着、脱出直後、中攻は爆破されました。ルバング島の原住民が不時着した菅野直大尉達に身構えながら「お前は誰だ?何ものか」と問われ、一触即発の中、菅野直大尉は胸を張って、「俺は日本のプリンス菅野だ!」と堂々と名乗りました。
 不時着した仲間達は内心、“ええぇっ!!お前、何て事を言うんだ!?”と思ったのではないかと推察します。日本のプリンスを騙るなんて正気の沙汰じゃないとも。しかし、このはったりが功をなしたのか、菅野直大尉は原住民の敬愛を集め、仲間達と救助がくる間まで島の王様の様に過ごしたそうです。一歩間違えれば仲間達と殺されていましたが、菅野直大尉の機転が活躍し、また日本に戻れました。

今の感覚でも皇族を騙るのは恐れ多く許されない事ですが、今、己の私欲を満たし旧皇族を騙り、皇室に対して害悪をまき散らす輩より、菅野直大尉は国や仲間、家族の為に最期まで戦って尽くしたので、許してやってあげて欲しいと思いました。

話を戻し、菅野直大尉は次の任地が決まり、玉井浅一司令が特攻の招集を菅野直大尉含む17名に招集をかけられたさい、菅野直大尉は「移動が決まったんだ。もう行く必要はない」と引き留め、輸送機の手配を進めてフィリピンを出発して、後に第252海軍航空隊に編入され、特攻兵器「桜花」の直掩任務につく予定だったのですが、桜花を搬送していた輸送船が沈没したこともあり中止になったそうです(ウィキペディア参照)。

さて、上層部達はこの問題児の菅野直大尉をどう扱うか考えあぐねてたところ、源田実氏が「誰も扱かわないのなら俺がもらう!!譲れ!っと言われても譲らんぞ!」と言わんばかりに菅野直大尉を剣部隊に引っ張ってきました。源田実氏によれば、菅野は勇猛果敢で戦術眼もあり、戦闘技量も抜群で、三四三空を編成する時に真っ先に頭に浮かんだ人物だとあります。また、剣部隊の名称も菅野直大尉と八木隆次氏の案が公募で選出されたものでもありました。また、菅野直大尉は自分の紫電改に敵をひきつけるため、黄色のストライプ模様を描き、他の隊長もそれに倣いました。菅野直大尉の戦い方は常に最前線で戦い、危ういところへ参入し列機を逃がす間、自身は最後までそこへとどまり、空戦では故障機に乗った部下をかばいながら戦うこともあったそうです。部下の弟分の笠井智一氏が怪我をした際に気遣い、怪我が治るまで復帰を認めなかったと言われるエピソードもあります。


また、菅野直大尉は、他の飛行隊長である鴛淵孝大尉や林喜重大尉と兄弟のように仲が良く、ある日、菅野直大尉は林喜重大尉と我慢比べをしてB-29の空襲下で退避せずに談笑していたこともあったといわれます。また、副長の中島正中佐は、知将の鴛淵、仁将の林、猛将の菅野と評され、品川淳大尉(343空整備分隊長)は「最初に会った印象は傲岸不遜な男といった感じで、後から来た戦闘七〇一飛行隊長の鴛淵大尉や戦闘四〇七飛行隊長の林喜重大尉がきわめて紳士的だったのに対し、菅野は気に入らなければ、上級者といえども上級者とみなさないというようなところがあり、その意味では異色の存在だった」と語られ、二番機も務めた田中弘中尉は「頭も腕もいい、短気な面があるがさっぱりしている」と評し、また、笠井智一氏によれば、菅野は敵を発見すると、電話で「こちら菅野一番敵機発見!」と知らせたとたん、突っ込んでいくので二番機は苦労しただろうが、勇猛果敢、猪突猛進が真骨頂で、こんな隊長は他にいなかったとあり、部下には優しい人で、笠井は殴られたことも怒られたこともないと話が残っています。


または仲間で「闘志だけでなく緻密。空戦がうまく気風もよくて遊びも豪快」と評され、源田実氏から、四角四面のやり方や堅物のやり方だと菅野直大尉は生かせれないと、その辺を見抜き、とにかく戦闘に勝ってくれればよしとして細かいことは一切言わなかった。とあり、菅野直大尉はのびのびと剣部隊にて活躍します。その為か、菅野直大尉は度々やらかしをしてしまいます。

例えば、海軍クラブで部下達と盛り上がったさいに、やかましいと何度も文句を言ってくる者がいたので、菅野は「何がやかましい!?」とドンと襖を開けるとそこには少将と何人かの佐官参謀がいたそうです。他の者が青ざめる中、菅野直大尉は、カツカツと進んで、「ふん!」とテーブルの料理を蹴飛ばしその上に座り込み、そこにいる者たちを呆気にとらせ、少将が「もういいだろ、帰れよ」とたしなめたので、じゃあ帰るかと帰っていった翌日、その少将が基地で源田実氏と談笑しており、源田実氏は菅野直大尉らを見ると普通に「よお、お前ら昨日は元気が良かったそうじゃないか。」と声をかけただけでその件は問題にならなかったそうです。と、いうのも源田実氏が一連の件を聞き、すぐ動き、問題の少将がカンカンになっていたのを言葉たくみになだめ、談笑にもち込めたからもあります。

また、菅野直大尉が仲間を連れ、無断外出をして温泉へ行ってはしゃいでたところ、「まったく、お前らガキじゃあるまいし、温泉の入り方を知らんのか?」と源田実氏と温泉ではち合わせたことがあり、無断外出は明らかな違反行為でさすがの菅野直大尉も小さくなっていると、源田実氏は「温泉はいいのう、気をつけて帰れよ」と声をかけ咎めることもなく行き、菅野直大尉は「さすがオヤジだ!」と感心した様子だったとあります。

今回はここまで。次回は憲兵を殴って一悶着起こした小高登貫氏と、やれやれと腰を上げる源田オヤジの話をご紹介致します。

その12に続きます。
文責 神奈川県 神奈川のY

2 件のコメント

    神奈川のY

    2024年11月21日

    あしたのジョージさま、コメントありがとうございます。載せきれなかった菅野直大尉のエピソードに、不時着した島で上司に冷たくあしらわれて上司のテントを零戦で吹っ飛ばしたり、特攻隊の見送りで戦果を上官に報告すると”そんな大きい成果を挙げるなんておかしい、本当に体当たりしたのか?”との言葉にムカっ!と来て床に銃を威嚇にて打ち込み、”暴発しました。”としれっと言ったりする快(怪)男児です。
    靖国神社の遊就館にて会えますので一つよろしくお願い致します。たぶん、じっとしていませんが。

    あしたのジョージ

    2024年11月21日

    菅野直大尉は、志賀淑雄大尉がおとなしく見えるぐらい強烈な個性だったみたいですね。
    戦闘機の腕前は超一流みたいですが、色々と問題もあったみたいな感じですね。
    源田実氏や部下には慕われていたみたいで、味方になってくれるといいですが、敵になると大変そうですね。
    まだまだ凄い人達がいるそうなので楽しみです。😀

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