343空、剣部隊司令官の源田実氏をご紹介します(その13)

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*今回も、皇室の話はでてきませんが、これまでの流れで、天皇陛下の下、国体を護るために命を懸けた男たちの物語、という文脈で読んでいただければ、幸いです(by基礎医)

引き続き源田実オヤジ殿と、今回は空戦の神さまと呼ばれた、菅野直大尉の相棒をご紹介です。
剣部隊には源田実氏があの手この手と選りすぐりのパイロット達を口説き、集結しました。その中で20歳ながらも数々の激戦から「空戦の神さま」と呼ばれた異端児もいました。名を杉田庄一、海軍少尉の方です。


生まれは新潟の、東頸城郡安塚村(現上越市)で大農家の次男として生れ、小さい頃から体力があり、学校通いに山中にある家から険しい山道を越え、麓にある学校に通い、雪の日でも休むことはなかったそうです。今で言うと自衛隊の行軍、しかもレンジャー訓練さながらの日課です。そのため、足腰が鍛えられ、杉田庄一少尉は軍人になってからもよく「軍は厳しいとよく言うが俺の家の方がずっと厳しい」と語っていたとあります。彼は舞鶴海兵団に入団し、戦闘機専修練習生となり、二〇四空に着任しました。
 二〇四空は、アヤシイ経歴がある源田実氏と度々論戦した柴田武雄中佐が司令で、主にミッドウェーに輸送や、ラバウル方面に活躍しました。杉田庄一少尉はある日、零式艦上戦闘機で対大型爆撃機の迎撃訓練中、本物のアメリカ陸軍爆撃機B-17と遭遇しました。
 最初は味方の模擬かな?と一瞬考えたほどでしたが、すぐ戦闘体制に入り、この戦闘で杉田庄一少尉は僚機と共に攻撃を仕掛け、B17の右主翼を体当たりで破壊して撃墜しました。体当たりで撃墜させる向こう見ずさは菅野直大尉と似ています。また、この時、初戦果をあげるも機体を損傷させて杉田庄一少尉は、空中衝突はパイロットの恥と教えられていたためか気落ちした様子でしたが、隊長の小福田氏はそれは訓練におけることであると励まし、杉田庄一少尉の肉迫攻撃を賞賛し一升瓶を贈与しました。その後も杉田庄一少尉は活躍を続け、204空の最多撃墜数保持者となり、杉田庄一少尉は「命を守るにはこれしかやれることはない」と言い、愛機の整備に余念がなかったそうです(ウィキペディア参照)。

杉田庄一少尉は、前線視察のために訪れた山本五十六長官の一行が搭乗する一式陸上攻撃機2機の護衛に抜擢され、全戦闘機6機の内の第一小隊三番機として参加しました。しかし、情報統制がガバガバだったため、敵に襲撃され、奮戦するも、山本五十六長官の機は撃墜され、この護衛の任に就いた六名は、その後、長官を死なせた見せしめの如く、連続で出撃させられ、2ヶ月半の間に4人が戦死、1人が右手首を失う重傷を負い、杉田庄一少尉もボロボロになりながらも出撃を続けました。この頃の上層部は彼らのせいで山本五十六長官は死んだと言うふうにしてましたが、そもそも上層部がしっかりしなかったから起きた事件なので、彼らに罪はないと感じました。
上層部の爪の甘さ、慢心は今の政治家の外交社交問題にも直結しており、首相の外交認識の甘さで国の力を損なうのにも同じ事が言えると思いました。国の看板を背負っているのに覚悟が足りず、下の人が尻拭いする嫌な慣習と思った次第です。

話を戻し、杉田庄一少尉は連戦した中、搭乗機のエンジンに被弾して機体が発火し、落下傘降下で脱出するも、全身に大火傷を負い、内地へ送還され、数か月の治療とリハビリの後、大村航空隊の飛行教員に着任し、ソロモン戦域最多撃墜数保持者として坂井三郎(大空のサムライと呼ばれた人です)と共に表彰されました。
 その後、温厚で冷静沈着な人柄と言われた玉井浅一氏が率いる戦闘機隊として、絶対国防圏防衛に従事した第263空航空隊、通称豹部隊に配属されました。この時、着任の挨拶のさい、ライフジャケットを軽くかついで、玉井氏に無造作に敬礼して着任報告を済ませ、隊への自己紹介で、隊員にも無造作な敬礼をして「何も言う事もないが、遠慮せずに俺についてこい!」と挨拶し、剣部隊の問題児達と同じ匂いを醸し出してきました。この時、343空で後輩になる笠井氏と出逢います。兵舎に戻ると「俺の愛する列機来い!」と列機となる笠井らを呼び、杉田が司令から貰ってきたという酒で酒盛りをしたとそうで、笠井氏は杉田少尉は怒ることはあったが、部下を殴るような人ではなかったと話があります。

その後、263空は解隊され、201空に配属したさい、菅野直大尉と出逢いました。菅野直大尉の熱い人柄と優れたリーダーシップに心服し、杉田庄一少尉は、菅野直大尉の悪口を言うものには真っ先に殴りかかったほど心酔していました。剣部隊問題児コンビ誕生の瞬間です。その後、菅野直大尉率いるヤップ島派遣部隊に参加し、B-24迎撃任務に当たり、派遣隊は撃墜17機(不確実9)撃破46機の戦果を上げ、第一航空艦隊司令長官から表彰を受けました。ある日、神風特別攻撃隊が開始されたさい、杉田庄一少尉は特攻機直掩任務に当たったが、特攻命令はなかったため、弟分の笠井氏を連れて玉井司令に対して特攻に志願しました。しかし、玉井氏は「特攻にはいつでも行ける、俺の代わりに内地で豹部隊の墓参りをしてこい」と命令され、1内地帰還し、源田実氏が”こいつらを逃してはならん!!”と彼ら問題児コンビを343空にスカウトしました。杉田庄一少尉は菅野直大尉率いる戦闘301飛行隊「新選組」に配属され、菅野直大尉ともに、杉田庄一少尉はその激烈な戦いぶりから「闘魂の塊」と渾名される一方、豪放磊落な人柄で人望も厚く「杉さん」の愛称で呼ばれ、自身の戦闘だけでなく、後進の指導にも努め「空戦の神様」と言われ、343空では兄のように皆から慕われていました。また、この343空にはベテランも多く集められていましたが、杉田庄一少尉はその中でも一番の撃墜数を持っていましたが、敢えて自慢をする風もなく、皆から慕われていました。
 いえ、一人だけどうしても彼と馬が合わないパイロットがいました、杉田庄一少尉と同じく歴戦のパイロット、坂井三郎氏です。坂井三郎氏は杉田庄一少尉と大村空、343空で同勤だった間柄で、坂井三郎氏が教員をしてた際、坂井氏が空戦講話をしたところ、激戦を経験した若い搭乗員には不評で、暴力をたびたび振るったことも反感を買ったそうです。そこへ杉田庄一少尉は坂井氏より8つ年下でありながら撃墜数も上回り戦場を勝ち抜いてきた誇りがあり、自分より若い搭乗員をジャク(未熟者)呼ばわりする坂井氏に我慢がならず、「坂井は敵がまだ弱かった頃しか知らない、坂井がいなくなった後の方が大変であった!」と言って対立しました。343空でも坂井氏と配属されましたが、坂井氏が背面状態で、飛行したという話を部下達にしたさい、杉田庄一少尉は、「零戦は正しく整備、調整されていれば、たとえ手を離して飛んでも、上昇下降を繰り返してやがて水平飛行に戻る。意識を失って背面状態に入り、それが続くなんてことはない。だいたい、意識がないのにどうして詳しい状況が話せるんだ」と批判し、また「あんなインチキなこと言うやつはぶん殴ってやる」と公言し、バチバチにやり合っていました。このわだかまりは飛行長の志賀淑雄大尉の耳に入り、志賀淑雄大尉は、悩みました。人望があり、菅野直大尉の僚機で空戦に使える杉田庄一少尉と、ベテランパイロットの坂井三郎氏を別にしないと両者を活かせられないと考え、志賀淑雄大尉は坂井氏を横須賀海軍航空隊に異勤し、代わりに坂井氏の友であり、空の宮本武蔵と呼ばれた武藤金義氏を参入させました。


ここで最強の剣部隊が完成され、3月19日、343空の初陣となる松山上空戦に杉田庄一少尉は瞬く間に5機を撃墜して帰還し、「弾があればもっと落とせたのに」と残念そうに言ったとあります。その戦闘で杉田庄一少尉は源田実氏から、司令賞を受け表彰され、区隊は区隊撃墜賞を受ける活躍をしました。また、杉田庄一少尉は女性に人気があり、隊員らが親しかった、今井琴子夫人と済美高女生徒達から紫のマフラーを贈られており、杉田庄一少尉のマフラーには名前と共に合言葉である「ニッコリ笑へば必ず墜す」が刺繍されていたそうで、更に日本女子大出の才媛で美人の恋人がおり、343空の指揮所を訪ねてきたこともあったというニクイ男でもありました。


今回の話はここまで、次回は鴛淵孝大尉と林義重大尉、武藤金義中尉をご紹介します。その14に続きます。


文責 神奈川県 神奈川のY

5 件のコメント

    神奈川のY

    2024年11月27日

    あしたのジョージさま、コメントありがとうございます。実は剣部隊の面々は若く、20から30まで激戦で潜り抜けたという者たちが多く、散ってしまわれる数も、です。

    あしたのジョージ

    2024年11月26日

    杉田庄一少尉は、20歳で亡くなったんですね。
    軽い感じでコメントしてしまい失礼しました。
    立派な方だと思います。

    神奈川のY

    2024年11月26日

    京都のSさま、コメントありがとうございます。大空のサムライは戦後になっても剣部隊について嫉妬含む色々な気持ちを引きずっていたようです。私も書きながら、よく源田実氏、すごい人達を引き込めたなと思いました。本人もくせ者、仲間もくせ者です。
    あしたのジョージさま、コメントありがとうございます。
    杉田庄一氏のお顔ですが、画像検索するとあどけなさが見える青年のお顔が観れます。僅か20で色々経験して散ったと思うとやるせなさも感じます。次回はくせ者の中に希少な優等生が入ります。源田実氏が生涯痩せ気味だったのは色々剣部隊の仲間のフォローに走っていたからかなと思いました。

    あしたのジョージ

    2024年11月25日

    杉田庄一少尉もかなりのクセ者だったみたいですが、今までの人達と違うのは女性にモテモテだったところみたいですね。👩‍❤️‍👨🧑‍🤝‍🧑
    厳しい自然で鍛えられた身体で、軍隊の訓練なんか大した事ないなんて言って、カッコ良すぎると思います。
    どんなお顔立ちをしているのかわかりませんが、女性にモテるお顔立ちなんでしょう
    ね。
    しかし源田実氏の周りには凄い人達ばかり集まりますね。
    次回のクセ者に期待してます。

    京都のS

    2024年11月25日

     なるほど。大空のサムライはMMK(モテてモテて困る)な杉田少尉に嫉妬してたんですね。ますます源田氏の下には扱いづらい人が集まってきますが、相当に興味深い群像劇ですね。

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