343空、剣部隊司令官の源田実氏をご紹介します(その12)

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引き続き源田実オヤジ殿と、今回はラバウルの激戦の生き残りで憲兵につい殴ってしまった若いパイロットのご紹介です。

*今回、皇室の話はでてきませんが、これまでの流れで、天皇陛下の下、国体を護るために命を懸けた男たちの物語、という文脈でよんでいただければ、幸いです(by基礎医)

彼の名前は小高 登貫(こだか のりつら)と言い、1923年2月の、長野県東筑摩郡島内村(現:松本市)に生まれで島内尋常高等小学校卒業後、名古屋市千種区陸軍工廠に勤務して、海横須賀海兵団に入隊、
第12海軍航空隊に勤務で叩き上げの、戦闘機搭乗員のパイロットです。射撃の腕が良く、第25期高等科海軍操縦練習生時に射撃で一番の成績だったそうです。彼は202空に着任し、同月にセレベス(今のインドネシアのスラウェシ島でタロ芋のセレベス芋の原産地です)の南端マカッサルで上司の命令聞かずに出撃し、他の隊の人ともにB-24を共同撃墜しました。その後、1943年8月、204空に着任になります。

204空は通称搭乗員の墓場と言われ、ラバウルが激戦区であり、戦闘機やパイロット達が沈められ、今でも海に多く眠っている事からも来ています。そんな中、小高 登貫氏の204空はアメリカにトラック空襲を仕掛けられ、迎撃を繰り返し、204空はほぼ全滅する形で、小高登貫氏は辛くも生き残りました。     

小高 登貫氏によれば、その時、上空発進命令に飛行隊長倉兼義男大尉は明らかにうろたえながら発進を指示、指揮官として地上で零戦を失うくらいなら戦って失った方が得策でも、隊員はほぼ戦闘未経験者でベテランもマラリアにかかっており、上がれば必ず落とされる状況だったといわれ、また、同僚の前田飛曹長は拳銃を向けて「こんな大群に2、3機上がって何になる。てめえらはそんなに下士官を殺したいのか。そんなに殺したきゃ死んでやるから見てろ」と言って戦闘機で敵機に体当たりして死亡したと言います。204空司令柴田武雄(源田実氏と戦闘機論でバチバチやりあった人です)は、この命令の理由を運に任せて空中退避を目的にしたと話しています(ウィキペディア参照。)

204空が解隊されると、小高登貫氏は、201空306飛行隊に着任し、5月セブに進出。10月に神風特攻隊が始まり、志願者の募集があると、小高登貫氏は同僚とともに志願書を提出し、特攻隊員として出撃する事を希望するも、上司の取り成しで特攻の直掩隊に従事し、1944年12月20日、谷田部空に着任後、教官を務める事になりました。この頃、ラバウルで散った仲間を想い、申し訳なさとやるせなさがあったと言われています。


1945年2月、343空に転属し、小高 登貫氏は源田実氏と剣部隊に出逢い、分隊士の本田稔の二番機を務めました。ちなみに本田稔氏は志賀淑雄大尉いわく、荒武者と評され、空戦のベテランパイロットでした。また、彼は343空時代に2度の原爆の爆発を目撃し、広島市での原子爆弾の下からの爆発を空中で目撃してその衝撃波で500m落下を経験した事があります。戦後は源田実氏と同じく航空自衛隊に入隊しています。

話を戻し、剣部隊の気風に慣れたある5月頃、小高 登貫氏が夜分か他の先任下士官らと街に繰り出した際に、海軍の巡邏衛兵に捕まり、「おい、お前達は343航空部隊だな?お前たちは巡邏に敬礼ができないのか」と咎められました。
 巡邏衛兵とは、警戒や監視を含めた見回りの兵士を指します。また、色々とやらかすパイロット達が多い剣部隊をマークされていたのか、目をつけられていました。最初は小高登貫氏も謝罪し、暗がりで気づかなかったと弁明しましたが、相手が傲慢不遜な性質だったからか、巡邏衛兵は「横着だ」と言い、更に「たかが航空兵が。」と言ったそうで、小高登貫氏は思わず叩きのめしました。そこへ今度は間が悪い事に、小高 登貫氏らより階級が下の軍曹の憲兵が駆けつけます。憲兵は司法警察官として軍事警察を司っていたので、違反した軍人に対して処分出来る権限を持っていましたから、色々やってしまう剣部隊にとっては天敵の相手でした。憲兵は「貴様ら敬礼ができないのか!」と言うので小高登貫氏はすかさず、「憲兵軍曹は、海軍の上等飛行兵曹には敬礼できないのか」と反論しました。小高登貫氏によれば、憲兵といえば何でも通ると思っている態度が癪に障り、これも叩きのめしたそうです。この知らせを聞いた志賀淑雄大尉や源田実氏はまた、”あいつらやらかしやがった。まったくもお。”(小高登貫氏の気持ちは多いに分かるけど。)と思ったのではないでしょうか。


次の日正午頃に、343空に佐世保鎮守府の参謀がカンカンになって怒鳴り込み、源田実氏に、小高らを軍法会議にかけるので引き渡すように要求しました。普段はまあまあ、と説く源田実氏でしたが、これには”ほお、言ったな貴様。”とカチンと来たのか、戦闘モードになり、「貴殿はいま九州の制空権は、どこの航空隊が握っているか知っているかね?いうまでもなく、わが第三四三空である!その航空隊の搭乗員を軍法会議につれて行ったらあとは誰が九州の制空権をまもるのだ?どうしても欲しいというなら骨にしてから返す。さあ、参謀殿がお帰りだ。諸君、ここ一番の敬礼で見送りたまえ!」と追い返し、小高登貫氏に「士気高揚のために、大いに暴れろ。責任はいっさい司令が取る!」と励ましました。分隊長の市村吾朗と分隊士の本田稔から「一応悪いことをしたのだから外出止め15日間だ」と言い渡された小高登貫氏でしたが、小高は翌日からまた外出できたそうです。


今回はここまで。

次回は撃墜王で菅野直大尉大好きな杉田庄一少尉をご紹介致します。破天荒なパイロット達を源田実氏ともどもよろしくお願い致します。その13に続きます。

文責 神奈川県 神奈川のY

3 件のコメント

    神奈川のY

    2024年11月24日

    あしたのジョージさま、コメントありがとうございます。クセ者揃いの人達ですが、確かに個が強烈じゃないとあの時代、生き残るのがシビアと感じました。血潮が滾り、敵に突撃する感じは何となく分かる気もしますが、私もすぐ死にそうです(笑)
    周りに良い人がいないと駄目ですね。
    京都のSさま、コメントありがとうございます。
    まさにソレでございます。
    私も言われてみたいし、言ってみたい言葉です。源田のオヤジだからこそと思います。大河ドラマでやって欲しいですね。
    “剣部隊戦闘記”で配役誰にするか考えてしまいます。

    京都のS

    2024年11月24日

     「大いに暴れろ。責任はいっさい司令が取る!」
     コレは凄いですね。室井慎二(柳葉敏郎)が青島俊作(織田裕二)に言いそうなセリフです(笑)。

    あしたのジョージ

    2024年11月23日

    また凄い人が出てきましたね!
    小高登貫氏、かなりのクセ者だと思いました。
    喧嘩っ早い人みたいですね。
    源田実氏もこんなクセ者達をまとめるのも大変だったと思いました。
    でも平和な今だからこそ言える事だと思います。
    あの当時の状況を思えば、そのぐらいクセ者の人達でなければあの戦争で闘えなかったと思います。
    私のように弱虫では、すぐに死んでいたと思いました。
    次回のクセ者も楽しみです。

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