愛子さまがご出席された「講書始の儀」で、人文科学の分野の第一人者・大阪大学の武田佐知子名誉教授が『古代の衣服と社会・国家・国際関係』というテーマで説明をしたことを「女性自身」が取り上げています。
愛子さま「講書始の儀」でご興味を…“古代に6人”女性天皇が多数出現した“秘密”【女性自身】
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(前略)
歴代で10代8人いた女性天皇のうち、いにしえの皇室に6人と多いのはなぜなのか。かつて武田氏は、2011年に東京都内で開かれたシンポジウムで次のように述べたこともある。 「天皇というのは性を超越した存在で、男でも女でも許される時代があったのではないか。それは衣服からも言えます。天皇は衣服の上でも性を超越した存在だった。天皇イコール男性という制度ができたのは平安時代の初期です」
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「天皇というのは性を超越した存在」については、「栄花物語」にも、道長の娘・威子が章子内親王を産んだ際、女房たちが「まあ残念」と言ったのを聞いて、後一条天皇が「これは何ということを。無事にお産をなさっただけでも十分過ぎることではないか。女で残念というのも愚かしいこと。昔の聖帝方が皆、女帝をお立て遊ばさなかったというのなら、ともかくであるが」と諫めたと書かれているので、男性の天皇が続いていた平安時代にあっても、この認識を歴代天皇方はされていたことが伺えるように思います。
今年の「講書始の儀」においても、2011年のシンポジウムにおいても、古代の衣服に関する最新の知見から、淡々と事実を説明して下さったことに感謝申し上げます。
「愛子天皇への道」サイト運営メンバー まいこ
3 件のコメント
れいにゃん
2025年1月26日
ここに紹介されている「栄花物語」の描写は、「男系が大事」という概念も観念もなかった歴史が書き記されており素晴らしいです。女性への敬意を込めて、言葉を発した後一条天皇と、特に書き残した赤添衛門の才に感謝します。
パワーホール
2025年1月26日
「欠史八代」という伝承が記紀にありますが、もしかするとその八代の方がいたとして女性も含まれているかもしれないと考えています。
京都のS
2025年1月26日
まいこ様。興味深い記事の紹介、ありがとうございます。
「天皇イコール男性という制度ができたのは平安時代の初期」という件で言えば、渡来系氏族を母に持つ桓武帝は、由緒正しい豪族(飛鳥~奈良から仕える群臣)らの影響から抜け出るために平安京へ遷都したと聞きました。つまり、群臣推挙時代(古墳時代)や女帝乱立時代(飛鳥・奈良期)とは隔絶され、大陸に誕生した強国の権威よって唐風(儒教色↑)を強めていく過渡期だったのでしょう。平安初期は。