引き続きまして、曹操の大軍と対峙し、活路を見出すべく国の命運を背負った忠臣をご紹介します。(前回のあらすじを含みます。)
曹操が大軍を揃え、南下する状況の中、窮地を脱した孤軍劉備は曹操から降伏勧告を受けた孫権と手を結び対抗しようとします。 この時、孫権が治める呉では曹操に降伏し、自分達の地位や保身を求め、君主もそう酷い目に遭わないだろうと考え、目先の事を優先する考えが文官、重臣に強くある状況でした。 彼らは現状、君主の安泰より、自分達の事と領地や財産と民の事を少々しか関心がないところは、 まるで君主を軽んじて、自分達の目先の事しか考えられない昨今の自称保守とのたまう者の様です。
一方、降伏派と違い、ここで屈したさい、いずれは国も君主も滅ぼされるなら戦って独立を持つのが最上と先を観るベテランの忠臣達が、抗戦派として劉備達の同盟を後押しします。 降伏派には呉の治世を支える権威がある大臣格の張昭が頭を張っており、 抗戦派では文武才知に長けた重臣魯粛が陣頭に戦っていました。 魯粛は劉備と同盟せんと、劉備軍軍師の孔明を共に孫権の説得に動きます。 孔明は魯粛と共に呉の地に足を踏み入れますが、 抗戦派の将軍達からは歓迎されるも、降伏派の文官達からは冷ややかに観られてました。 降伏派からしたら、もう少しで孫権を説得出来そうなのに邪魔者が来たのでどう追い返してやろうかと色々悪知恵を働かせます。
孔明や魯粛が孫権に謁見するタイミングで、彼らは恭しく孔明を迎え、”是非に伏龍と呼ばれた孔明先生のご考察を拝聴したく・・・”と魂胆ではいじめっ子全開で孔明達を叩かんと降伏文官達が喧嘩をふっかけて来ます。 孔明は涼しい顔で挨拶し、売られた喧嘩は買ってやると言わんばかりに、にこりとして受けて立ちます。(ここからYの意訳含みます。)
まずドンの張昭が「ご高名な孔明先生に会えて嬉しいです。劉備殿もさぞ鼻が高いでしょうねぇ。何でも伏龍と呼ばれ、ご自身でも管仲(かんちゅう)楽毅(がっき)を自負されるとは・・・」と恭しく一礼し、中々嫌味な挨拶をかました後、「しかし、」と意地悪な表情で口を開きます。「劉備殿は伏龍と呼ばれた貴殿を得ながら、曹操に大敗し、ほうほうの体で命からがらで逃れられたとか?貴方が来てから、むしろ状況は悪くなってるんじゃありませんか?これはどうした事でしょうねぇ?そんな劉備軍と手を取れと?降伏した方が利に叶ってますし、現実的に観たら分かるのでは?貴方がたは時勢が読めないのですね。」 と、張昭はまるで孔明をフルボッコした!と言わんばかりにふんぞり返ります。周りの文官らも”そうだそうだ!帰れ帰れ!”と野次を飛ばします。
孔明は涼しい顔で羽扇を仰ぎます。 「やれやれ、ピーチクパーチクと口だけは元気のある小鳥達ですね。貴方がたのような雀や燕のような小鳥には、我が主君劉備の大きな鳥の志はわからないでしょうね?我が主君は義の為、曹操軍50万に対して少数でも果敢に立ち向かいました。また、我が才で、戦では曹仁(そうじん)、李典(りてん)、夏侯惇(かこうとん)らの兵を破っています。ご存知ないでしょう?その後、曹操の大軍が来る中、慕ってくる民を見捨てずにここまで来て曹操に抗う為に奮闘しています。劉備軍がここまで顕在であるのが何よりの理由と思いますが、口ばかりで、手も足も出ない、いや、出そうとしない貴方がたには理解できないでしょうね、時勢を読めないのはどちらでしょうか?」 孔明は張昭を涼しい顔で言葉で叩きのめします。
親分の張昭が叩かれ、子分の文官が仇をとろうと孔明にまた喧嘩を売ります。子分その1の名は虞翻と言い、名士の一人です。 虞翻は孔明に「曹操軍は100万にものぼるとか!それをどう対抗すると言うのですか!劉備軍と我が軍を合わせても足りない!」と詰め寄ります。 孔明はまあ、待ちなさいと宥め、 「曹操の大軍100万と言っても、実質は70、80万というところでしょう。 しかも、袁紹や劉表の兵を合わせた烏合の衆です。恐れるに値しません。」 虞翻はしかし、しかし、と孔明に喰らいつきます。 「しかし、劉備軍はその寄せ集めに敗れているではないですか!」 孔明は涼しい顔で受け止めます。 「確かにわが軍は今も数千程度で、曹操にとても太刀打ちできる兵数はまだありません。今は負けても最後に勝てば良く、 我々は諦めず、大義の為、曹操を倒そうとしています。しかし、貴方がたのように多くの兵がいて、君主も良い、治世が良いというのに、抗う事を一つもせず、主君に降服をすすめる人とは訳が違います。」 孔明は容赦なく降伏派を論破していきます。
今回はここまで。次回は孔明達の逆鱗に触れた文官を論破し、孫権と謁見に繋がります。
(三国志編その7、赤壁編その3)に続きます。
文責 神奈川県 神奈川のY
3 件のコメント
神奈川のY
2025年2月28日
コメントありがとうございます!
基礎医さま、孔明の大舌戦を改めて観ますと確かに今の皇統問題に絡んでいるところが多く、不思議だなあ、三国志演義ってもう何千年前の話なのに、今の状況にぴったり来るなあ!と思いました。孔明と魯粛の振る舞い、勉強になります。しかし、呉の降伏派連中は好きになれないですね。いくらエリートの名士でも性根が悪いと台無しと思いました。思考の柔らかさと広い視野は魯粛、呂蒙や陸遜は名将と思います。(呂蒙と陸遜は敵ながら好きです。)
あしたのジョージさま、孔明の立場からしたら、四方八方敵だらけで、いじめっ子軍団の中に単独で赴いてる中、切り込むのは大変勇気がいる事だと思いました。孔明が失敗したら、劉備達が路頭に迷ってしまいますし、三顧の礼に報うにもこの戦いの場では何としても勝たないといけなかったと思います。自分の主君が奴隷になったり、ひもじく、惨めな状況になったりしたら
と考えたらです。自称保守の輩はそこんとこ無いですからね。
あしたのジョージ
2025年2月28日
孔明は、論破されても論破仕返しますが、圧倒的な自信があるのでしょうか。
喧嘩しに来ている訳ではなく、曹操の軍を倒す為に共に闘う目的で来ているのだから何を言われても論破し尽くして味方につける、命懸けの覚悟で来ていると思います。
本気度が違います。
基礎医学研究者
2025年2月28日
(編集者からの割り込みコメント)寄稿、ありがとうございます。今回は、太字の部分、現在の皇位継承問題へのスタンスに通じるところがある、と思います。ここぞ、というときに主君に降伏を求めるのは「皇室の終了」を勧めるのと同じですし、知識をひけらかして、机上の空論をとなえるのは、男系維持派と同じ。自分たちの目先のことだけを考えず、それを越えた「公」の感覚を発揮するのが、「皇位の安定継承」を実践的に望む人、ということになりましょうか!