343空と大陸の祖母の言葉を添えて 皇統クラブ活動に叱咤激励のエピソードご紹介します。(その一)

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皆さま、突然ですが、絶望的な戦い(状況)って何でしょうか?

昨今、皇室クラブ活動の中、 政治家が皇室について動かず、冷静に現状を分析して切り込み、思索する菅野志桜里さんの言葉に”皇位継承安泰は絶望だ!”という“絶望”をもれ聞いたので、叱咤激励になるエピソードをご紹介したく思います。

自暴自棄にヤケクソになっても何にもならないです。 ここは深呼吸してイノシシ娘であり、アヤシイYの話、いや先達の話を聴いてみて下さい。

大東亜戦争末期の頃、日本の状態はボロボロで、軍事政治を牛耳る上層部は思考停止の慢心野郎ばかり、昭和天皇と民が耐え忍んでいた時です。国防は制空権も制海権もアメリカに取られてる中、国難に際し、ある航空参謀が思考停止した上層部から離れて国の為に暴れると決め、343空剣部隊を編成しました。 敗戦濃い中でも、剣部隊以外でも陸海軍の志がある将や戦闘機乗りたちは自分の力を持って諦めず、絶望せず国や民、天皇たちを護もらんとしました。
  1945年の3月19日、この日は日本にアメリカの戦闘機、爆撃機が空を覆わんとして襲って来ました。アメリカはもう日本が息絶え絶えで、抵抗する力はもうないだろうと象がアリを潰さんとの勢でかかって来ます。 通常なら戦意喪失で退避せんとしますが、343空剣部隊は情報分析に上層部や他の部隊、陸海軍との情報伝達に力を入れ、源田実司令が乾坤一擲(けんこんいってき: (以前、ご自身から説明ありましたが)運命をかけて大きな勝負をすること)の行動力を発揮し、アメリカのF6Fヘルキャットなどとタイマン張れるイノシシ娘、紫電改を主体にし、ベテランで勇猛果敢な人材を強引な手段でもハンティングし、環境整備にも余念なく整えて迎え撃ちました。どんな不利な状況でも諦めさえしなければ、試行錯誤で思考を止めなければ最強部隊をつくれる、信念を通せるきっかけが掴めるのではないでしょうか。大艦巨砲主義が多い中、源田実氏や勇猛果敢で知られる隊員達は異端児で上からは煙たい、嫌いな存在でした。 しかし、彼らは動きます。

数日前から敵機の動きを警戒し緊張の中、 1945年3月19日、夜中に松山基地に敵機襲来!と報告が入ります。 剣部隊の人達はその報が入るや否や自分の配置に素早く体制を整え、飛行隊長志賀義雄大尉は 暗号つくり、飛行機隊を発進させ、隊員の昼食や弾薬補給、救助活動に駆けまわり、情報分析官は絶え間なく来る信号や情報にかぶりつき、 縁の下の力持ちの整備隊はエンジンがかかるよう機体を整備し、隊長の菅野直大尉、鴛淵孝大尉、林喜重大尉と各隊の隊員達はキリッとした飛行服にマフラーをまき、集合します。
 源田実司令は皆を見回して、 「古来これで十分という状態で挑めた戦の例などない。目標は敵戦闘機、爆撃機には構うな!」と訓示し、剣部隊が出撃しました。 松山上空の戦い開戦です。

さて、今回はここまで(意地悪ですみません。)
次回は松山上空の戦いを熱くご紹介します。 その2に続く。

文責 神奈川県 イノシシ娘のY

*神奈川のYさんのことです(by基礎医)

3 件のコメント

    神奈川のY

    2025年3月20日

    基礎医さま、あしたのジョージさま、コメントありがとうございます。
    基礎医さま、
    まさにその通りだと思います。あの敗戦の時に比べれば、今はいくらでも巻き返し出来ますし、諦めたらそこで終了と思いました。それこそ英霊達に”絶望?何馬鹿な事言ってやがる!お前に足、手、頭があるだろうが!お前の頭にB29や原爆落ちたか?落ちてないだろ!”と言われそうです。
    あしたのジョージさま、
    私も祖父母や源田のオヤジ殿に比べたら気の弱い、か弱い大人しい(?)凡人です。
    しかし、やる時にやらずしてどうすると発破をかけてます。人間やれば何とかなる事があるので、絶望という言葉は亡者にくれてやる感じです。ガンバ、ガンバ!です。

    あしたのジョージ

    2025年3月20日

    諦めが肝心という人達も多いと思いますが、諦めてしまったらもうそこでお終いになってしまいます。
    最後の最後までやり抜こうとする気持ちがあれば、何か新しい活路を開く可能性があるかもしれません。

    私のような何もかも中途半端な人が言う事ではありませんけど。🥹

    基礎医学研究者

    2025年3月20日

    (編集者からの割り込みコメント)今回も、寄稿ありがとうございました。神奈川のYさんがいわれているのは、DOJOの掲示板などのコメントかと思いますが、自分もあの意見には共感しません(菅野さんは楽観できない状況は語りましたが、希望0というわけではなく、登壇者の桜井議員には𠮟咤激励となっていたと、自分は信じます。
     それで、あらためて、この時期は、まさに硫黄島の戦いの最中で敗戦が濃い時期になりながらも、源田さんは冷静ですね。次回に期待しています。

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