戦後80年振り返りにて、昭和天皇と皇族たちの軍人話ご紹介いたします(その1)

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戦後80年の振り返りがある中、当時の皇族たちの振る舞いが気になり、調べたところ、昭和天皇と皇族たちの軍人エピソードが見つかりましたので、ご紹介したく思います。

明治から大東亜戦時、昭和天皇と皇族男子たちは、皇族身位令にある、以下の条文によって陸・海軍に身を置いてました。

第十七條 皇太子皇太孫ハ満十年ニ達シタル後陸軍及海軍ノ武官ニ任ス
     親王王ハ満十八年ニ達シタル後特別ノ事由アル場合ヲ除クノ外
     陸軍又ハ海軍ノ武官ニ任ス

とあります。

昭和天皇は陸・海軍の最高指揮官となり、

幼少時から帝王学に軍学(戦史・戦術)学び、

大東亜戦時初期などは”どうしたら勝てるのか”と考え、陸軍・海軍の作戦等に助言されたり、陸軍の杉山元参謀総長に対し戦略ミスを指弾する発言、航空攻撃を督促する発言などもあったとか。

また、ペリリュー島で死闘した中川州男大佐たちを想い、

「ペリリューはまだ頑張っているのか」と守備隊長の中川州男大佐以下の兵士を気遣う発言をされたとあり、陸軍・海軍の仲の悪さを懸念していた事から、昭和天皇は軍の指揮官として抜きん出た様子が伺えます。癖の強い軍部たちをまとめて終戦まで繋げた手腕は、まさに最高指揮官と思われます。

また、当時の皇族の太子たちは陸軍・海軍の学校に通い、軍人として昭和天皇と国を支えようとしました。

皇族が軍人になる、を考えたさい、”たぶん、陸軍・海軍学校では一般人と隔離して、皇族・華族・富裕層だけの班とか、一般人と違って鉄拳制裁ありの教育にもすごく手心して大事に扱ってたのかな”と思いましたが、意外と身分に差をつけずに軍人育成されていたとあります。皇族だけは御附武官がつき、課業以外では特別扱いと華族・一般にあった鉄拳制裁はないようですが、それ以外では一般人とか貧富関わらずに軍人として一緒に学び、一緒に戦地に行く様子でした。

(ふと、おぼっちゃまくんにおける、ちゃまくんのクラスを思い起こしました。)

靖国神社の遊就館にある展示で、陸軍の野営に将校たちと休息している皇族の絵や、大戦中に着ていた形見の軍服など観られますが、意外と華族・皇族出身の軍人が殉職されている様子が垣間見られます。

次回では、そのような華族・皇族出身の人物について、紹介していきます。

文責 神奈川県 神奈川のY

4 件のコメント

    神奈川のY

    2025年8月31日

    あしたのジョージさま、コメントありがとうございます。
    昭和天皇さまの背中を追ってゆくと、軍略も政治も祭りごとも外交も多種多様に才を発揮され、混乱した上層部のフォローしたりされていてまさに名君だと思いました。

    あしたのジョージ

    2025年8月31日

    昭和天皇ってつくづく凄い人だったんだなぁ〜

    神奈川のY

    2025年8月30日

    編集・コメントありがとうございます!
    昭和天皇さまの文武(才)両道がすごく、また情深くあり、すごい名君だと思いました。下手するとプロの軍人、政治家よりプロだと。慢心した石頭の政治家や軍(上層部)が陛下の意を汲みまともに出来てたらと悔やまれます。名君、名将、勇士と揃っているのに勿体ないと思いました。

    基礎医学研究者

    2025年8月30日

    (編集者からの割り込みコメント)今年は、戦後80年ということもあって、新聞などのメディアで、けっこう戦争特集をやっておりましたが、これについては「戦争論」シリーズで、ほぼ総括はできている(少なくとも、自分の中では)。昭和天皇さまについては、「愛子さまトーーク」で取り上げた文藝春秋9月号でも語られていましたが、この方は戦前も戦後も、立憲君主という基本は変わらない。激動の時代を生きてこられたから、けっして受け身ではないし、臣下への情も厚い(こういう方が、平和を希求される人なのだろうと)。それが、よくわかる。
     で、華族・皇族出身の軍人が殉職されているというのは、自分はあまりしらなかったので、次回を期待しています。

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