奈良の西大寺(称徳天皇が建立)跡発掘に関した記事を、朝日新聞が伝えています。
奈良の女帝は中国の女性皇帝に学んだ? 西大寺跡発掘で見えた共通点【朝日新聞】
概要(西大寺での講演)
・称徳天皇の父・聖武天皇が建てさせた国分寺・国分尼寺は則天武后(そくてんぶこう)が唐の全州に建てた「大雲寺(だいうんじ)」がモデル
・聖武天皇から称徳天皇の時代の「天平勝宝(てんぴょうしょうほう)」「神護景雲(じんごけいうん)」など4文字の年号も則天武后の時代のもの
・西大寺の弥勒金堂の背景にある弥勒信仰も則天武后の影響 則天武后は自身が弥勒菩薩の化身だという思想でタブーだった女性の皇帝即位を正当化
西大寺での講演は、昨年7月に放送、今年3月に再放送されたEテレ番組「先人たちの底力 知恵泉(ちえいず)」「奈良時代のキャリア戦略! 二度即位した孝謙・称徳天皇」と共通するところがあるようです。
概要(「奈良時代のキャリア戦略! 二度即位した孝謙・称徳天皇」
・聖武天皇の御子のうち、中流貴族の県犬養(あがたいぬかい)氏出身の女性から産まれた安積親王(あさかしんのう)ではなく、藤原氏出身の皇后・光明子(こうみょうし)から産まれた阿部内親王(あべのないしんのう 孝謙・称徳天皇)が、初の女性皇太子に上る
・皇位継承に関して、性別よりも、母親の地位が重要視されて皇太子になった阿部内親王は、女性皇太子に反対する人々を、以下の3つの要件で黙らせる
① 将来、日本を統べるための教育として遣唐使を務めた吉備真備(きび の まきび)から儒教の経典「礼記(らいき)」や歴史書「漢書(かんじょ)」を学ぶ。
② 社会の秩序を定める「礼(れい)」と人の心に調和をもたらす「楽(がく)」で国を統治する儒教の「礼楽思想(れいがくしそう)」を表した五節舞(ごせちのまい)を、元正上皇を招いた特別な催しで完璧に舞う。
③ 則天武后(そくてんぶこう 唐の高宗の皇后 武周朝を立て武則天とも呼ばれる)が仏教の経典「大雲経(だいうんきょう)」に「菩薩が女性の姿となって人々を導く」と書かれていることを根拠に女性が皇帝になることの正当性を示した例から、天皇が女性の姿をとることは方便(人々を正しく導く手段)と主張する。
称徳天皇が如何に英明かを伝えるEテレの番組に通じる説を、「女帝」という文言をタイトルに用いて伝えた朝日新聞。鵺のような記事ではなく、今回のような内容ならば歓迎します。
そして今、初の女性皇太子ゆかりの地から、初の女性宰相が誕生したのは、決して偶然ではないはず。
かの地に相応しい働きを見せていただきたいと願います。
「愛子天皇への道」サイト運営メンバー まいこ
1 件のコメント
nonameyet
2025年10月6日
「則天武后」という名前は皇后時代のもので、帝位に就いてからを問題にするのなら「武ショウ帝」(ショウは則天文字のショウです)と呼ぶべきです。
男尊女卑の思想にどっぷりと浸かっている人はどうしても認めたくない「不都合な真実」ですが・・・・・・。
あ〜くだらねえ。