2600年続く男系継承こそありがたいって誰が言った?

Post's thumbnail

昨日のブログに、たくさんのコメントをいただきどうもありがとうございました!

そして戦前の義務教育で「万世一系は男系のみで継承」というような教育が行われたのか?という疑問を当サイト編集長キソイが持ち、コメントしました。
その疑問にmantokunさんがコメントをくださいました。

キソイさんのコメントで私も気になったので、Kindleで『完全現代語訳 尋常小学校 国史第一巻 天照大神から和気清麻呂まで』を見てみました。昭和2年に文部省から発行されたものだそうです。

最初の章は「第一 天照大神」で、「天皇陛下のご先祖様を、天照大神と申し上げます。天照大神は非常に徳の高いお方でした。初めて稲や麦を田畑に植えさせたり蚕を飼わせたりして、すべての人々に恵みをお与えになりました。」
「天照大神は瓊瓊杵尊に向かってお告げになりました。『この国は、我が子孫が王であるべき地です。皇孫であるおまえが行って治めなさい。皇位は天地と共に、いついつまでも栄え続けることでしょう。』(天壌無窮の神勅)万世一系の天皇を戴いていつの世までも変わることがない我が國體の基礎は、実にここに定まったのです。」
「天照大神をお祀りになる伊勢(いせ:三重県)の皇大神宮(こうだいじんぐう:伊勢神宮内宮のこと)の御神体は御鏡であり、代々の天皇及び国民が深く敬い申し上げているのです。」と書かれていました。
次が「第二 神武天皇」で、「瓊瓊杵尊から御二代を経て神武天皇の時代」と始まるので、明確に日本国の歴史も皇統も天照大神から始まるという意図で執筆されていることが分かります。

『尋常小学国史 下巻』は当時の冊子がデジタル版で公開されているものを読んでみました。最後は「第五十三 今上天皇(※昭和天皇)の践祚」となっており、ざっと目を通しましたが、特に男系で続いたからどうという書き方は見当たりませんでした。最後は「今や我が国は世界の五大国の一つとして世界で重要な地位を占めています。これは歴代天皇の優れた徳と、国民が代々示してきた忠誠心によるものですから、私たち国民は国の発展の由来をよく理解し、各自がその仕事に励み、心を一つにして、まず国の豊かさと強さを図り、さらに進んで世界平和のために力を尽くし、それによって我が国の歴史にさらなる光栄を加えなければなりません。」と結ばれていました。

始まりと終わりにざっと目を通しただけなので、その間の詳しい記述は分かりませんが、少なくとも昭和2年発行の歴史教科書では、言われるほど万世一系が強調されている印象はないように思いました。一貫して強調されているのは、皇祖神と歴代天皇の徳の高さですね。「第三十二 後奈良天皇」を設けているのも、「(天皇は)全国に流行した悪疫で苦しむ万民のことを何より気にかけられ、ご自身で般若心経などの写経をなさり、人々の平安を祈られた」「このような民への深い慈愛と、自身の苦難を顧みない天皇の徳に、人々は深く感動した」ということを子供たちに教える目的があったからだと思われます。「天皇や皇室がありがたいのは男系継承だからだ」と教えたいなどという意図は、どこからも窺えません。
ちなみに今上陛下も、皇太子時代の平成29年のお誕生日会見で「後奈良天皇の般若心経は岩瀬文庫以外にも幾つか残っていますが,そのうちの一つの奥書には『私は民の父母として,徳を行き渡らせることができず,心を痛めている』旨の天皇の思いが記されておりました。」とお話しされています。

明治時代に法律上では皇位を男系男子に限定したものの、昭和時代までは皇太子妃(未来の皇后)に男子が生まれていたので、長いこと問題が顕在化されずに持ち越されてしまったのでしょう。
本当に一体、いつ、誰が、2600年続く男系継承こそありがたいとか言い始めたんですかね??

付け加えると、「第四 神功皇后」の章も設けられており、「神功皇后論」の初回で描かれた三韓征伐のこともかなり詳しく書いてあります。仲哀天皇が亡くなり応神天皇が産まれる前の時点なのに、「この時から朝鮮は天皇の御徳になびいて従い、熊襲もおのずと平定されました。」と書いている辺り、「尋常小学校国史」の執筆者も神功皇后は天皇だったと認めてしまっているような(笑)。

小林先生も、『日本書紀』では神功皇后の記述に丸々一巻を充てていると強調されていたように、「日本書紀」の記述には7世紀末〜8世紀初め時点の歴史観、解釈に基づいて潤色や誇張が行われているとはいえ、日本国にとって大切な国史であることは間違いありません。解釈する側の問題なのであり、史実性が無いとか現代人が支持する意味が無いと切り捨ててしまうのも行き過ぎに思います。
(いただいたコメントを2つつなげています)

mantokunさん。コメントどうもありがとうございました。
昭和2年の教科書に「万世一系男系継承」とは全く出てこない!

全く出てこない!

『尋常小学国史 下巻』の結びの部分は、今伝えても何の問題もないのではと個人的には感じました。

戦前の教科書にも出てこない、「2600年男系だから尊い」って、どこから出てきたのですかね。

そしてこのような、より深い理解につながるコメントをいただき、
変なカルトと戦い、ブログを書いていると「何やってんのかな?」と思うこともあるのですが、決して無駄ではないと改めて感じました。

皆さまありがとうございました。

文責 愛子天皇への道サイト運営メンバー ふぇい

5 件のコメント

    mantokun

    2025年11月1日

    最初のコメントでは敢えて「誰が」と記しましたが、最大の元凶はやはりY染色体の提唱者八木秀次ですよね。八木は「自分で『論壇では最初に皇位の男系継承の意義を説いた』と認定し、自慢している」とゴー宣でも描かれていました。

    愛子さまが正統な皇位継承者であることを何とか否定したい、でも女性天皇も女系継承も前例があるし、どうやって理屈を捻り出せばいいんだ…? 男性から男性だけに継承されているもの…そうだ、生物学ではY染色体というものがあった!古代人がY染色体なんて知るわけないけど、男系男子継承の前例のほうが多いし、古の日本人の叡智とかごり押ししよう! 女性天皇さえ阻止できれば理屈なんかなんだっていいんだ!

    …というところでしょう。
    2004年6月に八木秀次がY染色体説を「朝まで生テレビ」で披露したとき、スタジオは皆ぽかーんとしていて、小林先生もいくら何でも失礼だと違和感を持ったとおっしゃっていました。
    (https://aiko-sama.com/archives/43010)

    さらに同じ頃竹田恒泰が出てきて、旧宮家ブランドを最大限に生かし旧宮家養子案を吹聴し、竹内久美子は動物行動学研究者の肩書をフル活用してY染色体説をごり押しし、折からの保守ブームに乗っかって、有象無象の物書きが保守論壇村で食い扶持を得るために太鼓持ちし始めたことで、どんどん設定が盛られていった。

    結果、「2600年例外のない男系継承だから天皇は素晴らしいのであり、この原則は決して破ってはならない」とかいう、あらゆる嘘とでたらめを煮詰めた結果生まれたカルト教義が、保守ムラだけで確立してしまったんでしょうね。

    SSKA

    2025年11月1日

    1行目ですが、天皇自身では無く戦後の国民がそのような考えになったと書きたかったのですが誤解を与える文章になっています。
    申し訳ありません。

    SSKA

    2025年11月1日

    戦後の天皇は現人神の否定と共に天照大神の存在を拒絶したところから、特に精神論を捨てて利己主義に徹した自称保守系の間で神武天皇から始まる万世一系が独り歩きし唯一の正答の様に都合良く扱われて来た経緯がある様な感じがします。
    アメリカとの戦争に敗けた後心に受けた傷やトラウマを引き摺ったまま克服できず、元々日本人の中にあった女性神を弱いものと侮り切り捨てて、欧米の強い父性(=絶対神やマッチョイムズ)への憧れから強烈な男尊女卑を生み出したのが現在の男系主義の姿では無いかと考えました。
    強く虚勢を張りつつも現実には先の戦争の評価と同じで日本人の主体性(独自の神)を喪失して属国根性(大国への文化的服従)から抜けられないのが男系主義と言えるのでしょう、だからこそ今の総理のみっともない姿もある意味占領国として自然な姿と言えるのだと思います。

    くりんぐ

    2025年10月31日

    私にとって天皇陛下とは、ご自身が辛い時であっても、常に優しい眼差しで国民の幸せを願い、その心に寄り添ってくださる存在。
    国民に、無償の愛をくださる方。

    今上陛下が皇太子時代の平成29年のお誕生日会見で触れられた後奈良天皇は、皇室が特に貧しかった頃の天皇です。
    ご自身も辛く大変な状況にあられたでしょうに、後奈良天皇は自身が民の父母として徳を行き渡らせることができないことに、心を痛められていました。

    後奈良天皇の話を知り、たとえ実の親とは上手くいかなくなることがあっても、「日本にはどんな時にも優しく寄り添ってくれる“天皇という父母”がいる!」と心強く感じました。
    天皇の性別なんて、どうでもいいことです。

    「2600年続く男系継承」なんて、胡散臭いです。
    DNA鑑定のない時代に父方の血筋を証明する方法はないのですから、いくらでもごまかせます。

    mantokun

    2025年10月31日

    記事にしていただきありがとうございました。私もふぇいさんがおっしゃるように、結びの文章は「忠誠心」という言葉こそ時代を感じさせるものの、「世界平和のために力を尽くし」と、公共心を持つことの大切さを説いており、今の時代の子供たちに伝えてもおかしくない内容だと思いました。現代の男系固執派の、自分自身は何も努力もせず成し遂げもせず、ただ天皇のご威光によって他国にマウントを取ろうとする怠惰であさましい態度とは正反対です。

    戦前の教科書には「万世一系とは男系継承のことである」なんて記述はなく、天照大神から当代まで、一貫して天皇の徳の高さと民への慈悲、そして民が天皇を慕う気持ちを伝えることに重点を置いた記述になっていましたが、考えてみればこれはむしろ当然だとも思いました。
    もし、「天皇は2600年間男系で続いてきたから万世一系なのだ。今後も男系継承を守るべきなのだ」などと教えても、それではなぜ日本には天皇という存在がいるのか、天皇は中世以降に政治的実権を失い困窮しても武家に滅ぼされることもなく精神的支柱として存在し続けられたのか、さらに明治以降には再び国家君主となったのかを説明できないので、児童には天皇の有り難さが全く理解できません。

    天皇のご存在の有り難さが理解できなければ日本の国柄も分からず、ひいては国を守るべき理由も分からないということになります。弱肉強食の帝国主義が席巻していた当時、「天皇は男系だから尊い」などという、愛国精神の涵養に何の助けにもならないトンチキな授業を、当時の日本政府が行うわけがありません。

    もし、今の男系固執派が主張するような「たとえ直系でも内親王は天皇にふさわしくないから、2世代以上前に臣籍降下した旧宮家の国民男性を皇族にして皇位継承権を与えよう」などということを戦前の人々に言ったら、当時の人はすぐに宇佐八幡神託事件を連想し、「君臣の別をわきまえろ。天皇陛下をなんだと思ってるんだ」と激怒するでしょう。

    愛子天皇論シリーズでも何度も言及されていますが、平成時代に男系固執派が「男系継承が伝統」と言い出すまで、皇位継承を男系と女系に区分する主張は一般的ではありませんでした。
    『戦争論』発表時にリアルタイムで読んだ私の体験を振り返っても、1990年代末期〜2000年代初め頃の保守派は、「天皇は権力ではなく権威のみを持つ君主だから有り難い」と言っていました。今のように「天皇は男系継承だから有り難い、男系継承は守るべき伝統であり、絶対に変えてはならない」などという主張は(当時も存在していたかもしれないけど)決して保守論壇での主流ではなかったと記憶しています。

    愛子さまご誕生により女性天皇を認めるための皇室典範改正への動きが進む中、それを何とか阻止したいと考えた右派が持ち出したのが、「男系継承こそが皇位継承の絶対的ルール」という屁理屈だったんでしょうね。2001年5月11日付朝刊の記事では、「女性天皇を認めることは皇位をつつがなく継承する意味でも重要なことである。」とまで述べていたほど積極的な女性天皇賛成派だった産経新聞が2004年頃を境に強硬な男系固執派に変貌したことを踏まえれば、「皇統は2600年間男系で続いてきたから尊い」という主張は、わずか20年ほどの歴史しかない新興カルトです。

コメントはこちらから

全ての項目に入力が必須となります。メールアドレスはサイト上には表示されません。

内容に問題なければ、下記の「コメントを送信する」ボタンを押してください。