元旦1/1に埼玉県長瀞町にある宝登山神社に参拝に行きました。参道を歩いていると空気が冷たく感じましたが同時に清らかな感じも受けました。本殿だけでなく山頂の奥宮にも歩いて参拝し愛子様立太子を祈願のうえ「愛子天皇論3」を献本しました。慌てていたためこちらの名前を名乗るのを忘れてしまいましたが神社の方は快く受け取ってくださいました。また、神社の境内では神楽が奉納されており地元の若い女の子が参加していました。私は思わずその子に「頑張ってください。」と言ったところ「ありがとうございます。」と感謝の言葉をもらいました。若い女性が伝統文化の担い手になっているのは素晴らしいと思う反面、男尊女卑という因習にいつまでもしがみついている男系固執派が情けなく感じました。


また、元旦には宝登山神社だけでなく東京世田谷の松陰神社にも参拝し同じく愛子様立太子を祈願しました。境内には松陰先生の言葉が掲示されており添付画像にもありますが「時窮まりて草莽に豪英を見る。」と我々のことを指し示しているかのような意味深な言葉でした。

さらに、その日の夕方に大学高校が同じ友人に会いました。その友人の奥さんは毎日新聞の記者をやっているので「愛子天皇論3」を公論ブレンドとともにお土産として渡しました。
今年の元旦は大安かつ晴天ということもあり素晴らしい1日となりました。
文責 静岡県 パワーホール
5 件のコメント
基礎医学研究者
2026年1月5日
>パワーホールさん
返信、ありがとうございました。なるほど、自分は神社関係にお渡しするのは経験ないので良く知らなかったのですが、なるほど、社務所の職員の方でしたか。この神社は神社本庁に属しているようなのでなかなか複雑なものがありますが、国会議員の事務所と同様、スタッフレベルではわだかまりなく受け取ってくださるのですね(よくわかりました)。
また、お友達のほうに関しましては、さすがにこのような公開のコメント欄で、部署などについてまで、お聞きするつもりはありませんでした(そういう事情まで、お答えいただき、ありがとうございます)。パワーホールさんがお友達と皇位継承問題についてお話しているかどうかはしりませんが、毎日新聞の貢献を併せて具体的に伝えてあげると、イメージしやすいかもしれません(けっこう、灯台下暗し的なことが、あるのではないかと)。
パワーホール
2026年1月5日
皆様、コメントありがとうございます。
基礎医さんへ
以下返答です。
1.宝登山神社では、社務所にいた職員の方に手紙を添えて渡しました。手紙には皆様で御一読のうえ神前に供えてくださいと書きました。
2.誠に申し訳ないですが友人の奥さんの担当部署についてはわかりかねます。しかし、皇位継承問題につき積極的に報道してくれる毎日新聞の記者ということもあり感謝の気持ちを込めて渡しました。それに皇室担当の方と顔見知りならばこの件について伝えてくれるとの思いも少なからずあります。
以上になりますがあまり上手くお答えできず申し訳ありません。
まいこ
2026年1月5日
パワーホールさん、献本ご報告ありがとうございます。
埼玉県長瀞町 宝登山神社
毎日新聞 記者 リストに反映しました。
神奈川のY
2026年1月5日
パワーホールさんのフットワークの軽さが素晴らしいですね。
神社に献本され、友人にも献本され、まさにフットワークが駿馬のような速さです。
また、松陰神社にも行かれたとか、松陰先生のご加護がある年になると良いですね。私も神社に献本しようと思うのですが、とっかかりは何しようかと考えています。お酒などと一緒に神社の人に供え品として渡すかなと。渡すなら神社の学生さんか、巫女さんか。ネトウヨっぽい神社の人もいると思うので人選しないといけないですよね。狙い定めているのは靖国神社、自民党やダンケーたちが大好きなところです。
あ、乃木神社や東郷神社も良いかなと。
乃木神社は櫻井よしことかのパフォーマンスに使われたりしてましたが、祭神の乃木大将は皇位継承安泰を真剣に考えている人なら力を貸して下さるとも思いました。
まずは乃木大将から攻めてみようかなとも。
基礎医学研究者
2026年1月5日
ごくろうさまで、ございました。
そして、興味深く、読ませていただきました。
初詣の「愛子さま立太子祈願!」はもちろんなのですが、”「愛子天皇論3」を献本しました”というのは、一体どのような状況だったのでしょうか?宮司の方に、手紙と一緒に渡されたのでしょうか?ここは、個人的には、もう少しお聞きしたいところですね。
また、さらっと書かれていますが、「友人の奥さんは毎日新聞の記者をやっているので「愛子天皇論3」を公論ブレンドとともにお土産として渡しました。」というところも、もっとお聞きしたいところでしたね(この方の担当がわからないのでなんともいえませんが、「毎日新聞の貢献」を新聞関係者に直接伝えることは、誰にでもできることでは、ありません。