「愛子さま排除法」再改正のために、愛子さまトークのコメント欄に宮内庁内部に詳しいS博士さんより、ご意見が届きました。
princess AIKO TALK(第1069回)皇室典範改正を白紙化せよ!【愛子さまトーク】
「皇室典範国民会議」を設置して、開かれた議論をすべきだとした前編修課長の提言も空しく、文字通り「拙速に」改正皇室典範が成立してしまいました。無理を重ねてやっとのことで通したものを「再改正」するなど、現政権は考えるはずもなく、新たな有識者会議の設置の提言も速攻で否定しました。
政府が動かないならば、民間から声を上げ続けるしかありません。ここで参考になるのが、現行の日本国憲法の制定過程における民間の「憲法研究会」の活動です。 以下、昭和20年(1945年)の敗戦直後、民間の知識人たちが自主的に結成した「憲法研究会」の活動と、その主張が現在の日本国憲法に受け継がれた史実の概要です。
1.結成の背景とメンバー(誰が動いたのか)
結成:敗戦からわずか2ヶ月後の1945年10月。
主要メンバー:統計学者の高野岩三郎(発起人)、憲法学者の鈴木安蔵、評論家の室伏高信、杉森孝次郎ら、軍部や戦前の体制から距離を置いていた民間の第一線の知性たちです。
目的:政府(幣原内閣の松本烝治委員会)が重い腰を上げない中、「主権在民の民主国家に生まれ変わるための、新しい憲法の青写真(理想)」を民間みずからの手で書き上げるために実務を開始しました。
2.「憲法草案要綱」の画期的な主張(何を求めたのか)
結成からわずか2ヶ月の強行軍を経て、1945年12月26日に首相官邸に提出、28日にマスコミに発表された「憲法草案要綱」は、当時の政府の常識を遥かに超越した、極めて先進的な内容でした。
①「主権在民」の明記:「主権は国民に在り」と明言し、天皇は統治権を持たない「国家的儀礼を司る象徴」として位置づけました。
②「基本的人権」の徹底的な保障:法の下の平等はもちろん、男女平等の完全な実現、信教・学問の自由、さらには生存権(生活権)の保障まで、現代の民主主義の根幹を網羅していました。
3.GHQ(マッカーサー)草案への決定的な反映(どう活かされたか)
当時、政府の松本委員会が作成していた改正案は、明治憲法の文字面をなぞっただけの極めて保守的なもので、到底GHQを納得させられるものではありませんでした。
GHQの実務調査:1945年12月末、憲法研究会が発表した「要綱」が新聞に掲載されると、GHQの世論分析官(ラウエル中佐ら)がこれを即座に英訳して徹底的に精査しました。
歴史的評価:GHQの上層部は、「日本政府の役人はまともな憲法を書けないが、日本の民間には、これほど民主的で、格調高く、精緻な草案を書ける本物の知性が存在する。日本国民の真の総意(ニーズ)はここにある」と完全に心服しました。
血脈の接続:1946年2月に作成された「マッカーサー草案(現行憲法の土台)」は、この民間の憲法研究会の「要綱」の骨組み(主権在民・象徴天皇制・人権保障の条文)を実質的にそのまま取り込んで成形されました。
4.評価 政府の官僚たちが思考停止し、過去の慣例にしがみついている間に、民間の知性が「憲法草案要綱」を最も早く、最高峰のクオリティで世に提示したことによって、国家の最高法規の背骨を事実上完全に決定づけたというこの歴史の公準。まさに「主権者(国民の総意)」の持つ論理の質が、公権力の官僚主義を上からねじ伏せた優れた先例だと考えられます。
当時の日本はGHQによる間接統治下で、GHQが介在したからこそ民間の「憲法研究会」の意見が採用されたという特殊事情は当然考慮されるべきですが、自由民権運動の中で多く作成された民間の私擬憲法が大日本帝国憲法(明治憲法)に全く影響を与えられなかったことを考えれば、現行憲法への「憲法研究会」の活動の影響は無視できないと考えます。
東京新聞で宮内庁書陵部前課長の鹿内浩胤氏が提言された
「皇室典範国民会議」とはどのようなものか知りたかったので
具体的な事例を教えていただき、大変ありがたいです。
男系男子限定ルールはあれども、ほぼ一行、シンプルで分かりやすい
皇室典範を継ぎはぎだらけにしてしまったのは、まさに
政府の官僚たちが思考停止し、過去の慣例にしがみついている結果。
「愛子さま排除法」の再改正については、すでに2005年の有識者会議で
民主的で、格調高く、精緻な草案を書ける本物の知性によって結論が出ており、
その報告に基づいた皇室典範改正法案も生きています。
すでに20年以上たってしまった秀逸な報告のうち、
「男系」「女系」を精査した箇所を、「双系継承」とするなど、
さらに最新の知見へ、本物の知性がアップデートする近未来を予感します。
「愛子天皇への道」サイト運営メンバー まいこ