「愛子さま排除法」成立で、養親の対象となる女性皇族の動向について、日刊スポーツが報じました。
彬子さま「研究者として」NHK「日曜美術館」に出演「夢かなって、うれしゅうございます」【日刊スポーツ】
坂本美雨、守本奈実アナウンサーに紹介された彬子さまは、白いセットアップ姿で登場。「大英博物館で博士論文執筆中は5年間、ボランティアとして勤務をさせていただきまして、日本美術コレクションの研究をずっとしておりました。研究者としてお招き頂くのが夢だったので、今回、夢かなって、うれしゅうございます」と笑顔で喜んだ。
大英博物館には4万点に及ぶ日本コレクションがあり、その一部から、応挙・北斎・写楽などの名品が今年里帰りした。彬子さまは作品を前に「久しぶりに会う子たちがたくさんおりまして、うれしく思っております」と語った。
序盤では、展示品の中から、葛飾北斎(曲亭馬琴賛)為朝図など、英国の医師、ウィリアム・アンダーソンがコレクションし、帰国後に大英博物館に売却されたシリーズを紹介。テロップでは「京都産業大学日本文化研究所 特別教授 彬子さま」と記された。
記事になっている番組冒頭のやり取りを文字起こししてみます。
坂本美雨氏:日曜美術館です。
守本奈実アナウンサー:今日は東京都美術館で開催中の「大英博物館 日本美術コレクション 百花繚乱 海を越えた江戸絵画」の展覧会場に来ています。
坂本氏:早速、北斎や広重や、名品に囲まれていますね。
守本アナウンサー:今回、およそ200点が里帰りしているということです。では、ゲストをご紹介いたします。三笠宮家の彬子さまです。ご専門は19世紀から 20世紀にかけての海外の日本美術コレクションのご研究で、とりわけ大英博物館に深く造詣がおありなんですよね。
彬子女王:はい。大英博物館で博士論文執筆中は、5年間、ボランティアとして勤務をさせていただきまして、日本美術コレクションの研究をずっとしておりました。研究者としてお招きいただくのが夢だったので、今回、夢叶った感じで嬉しゅうございます。
坂本氏:今回はじゃあ大英博物館で、もうすでにご覧になった絵画と再会されるということですか?
彬子女王:そうですね。久しぶりに会う子たちが、たくさんおりまして、嬉しく思っております。
ほんの少しのやり取りではありますが、すでに二か所、違和感がありました。
「深く造詣がおありなんですよね」と言われた場合は、常識的には
やんわりとでも否定する仕草や返答をします。
「久しぶりに会う子たちが、たくさんおりまして」からは、
あたかも所有物について語っているような印象を受けます。
「ウィリアム・アンダーソンがコレクションし、帰国後に大英博物館に売却されたシリーズを紹介」するくだりは、朝日新聞でも語られたご自身の功績?を披露する時間になっていると感じました。
見つけてしまった、文化財守る原点 大英博物館日本美術コレクション
皇室の皆さまは、常に先人たちの功績を敬い、関わる人々すべてに寄り添い、
いま起きていることを俯瞰しながら、お話しになっておられます。
皆さまは、如何お思いになられたでしょうか?
3 件のコメント
ありんこ
2026年8月31日
どうしても私の域で止まっている人という印象を受けてしまいます。コメント内容も本内容もどうも違和感を持つのです。
皇族だから皇族に生まれたから、それだけで自動的に私100%が公に100%に換算されるのだという意識がお有りなのかな?と疑ってしまうんですよね。
mantokun
2026年8月31日
まいこさん、幅広く目配りしての番組文字起こし、いつも本当にありがとうございます。
今回の日曜美術館は気にはなりつつ結局見なかったのですが、私もまいこさんと同様の部分に引っかかりました。「えっ、そこ否定しないんだ…」と。
私は、彬子女王のエッセイは数年以上前に何回か雑誌で目にしたことがあり、その時はただ「とらやの社長をおじさまと呼べるほど親密だなんて、華やかな人間関係をお待ちなんだなあ」と思った程度だったのですが、今回の文字起こし部分を照らし合わせると、やはり共通した印象を持ちます。
「人間は何を言っているかより、実際に何をしたかにその人となりが表れる」とはよく言われることで、確かにその通りなのですが、私はその前段階の「使う言葉に、その人が普段考えていることが表れる」にも注意を払うべきだと思います。
今回の文字起こしを拝見すると彬子女王の振舞いは、今後も最大限に警戒し続けなければならないと感じました。
京都のS(サタンのSでも飼い慣らすし)
2026年8月31日
内廷皇族や秋篠宮家の皆様は「公100%」ですが、以上の遣り取りを見ただけでも彬子女王は自己顕示欲が噴出する「私100%」の人だと判ります。「私100%」の養親に「私100%」の養子が入ったら「完全無欠の私100%」が完成するはずです。そんな「エセ皇族」を国民が敬愛するはずがありません。