前回からのつづきです。
【竹田恒泰氏の訴訟解説を検証する④】
今回は「政治問題の法理」について。
竹田氏は、日米安保の違憲性が争われた裁判を例に挙げ、最高裁は政治問題の法理によって「判断しません」で終わると説明しています。また、今回の訴訟についても、この法理によって裁判所が判断を避ける可能性を指摘しています。ただし、実際に適用されるかどうかは分からないとも述べています。
ここで、判例を確認しますね。
1959年12月16日の砂川事件最高裁判決は、安保条約のような高度に政治的な国家行為について、司法審査を原則として制限する一方、「一見極めて明白に違憲無効」と認められる場合を例外としています。
つまり、政治性が高いという理由だけで、あらゆる司法審査が排除されるわけではありません。
そこで竹田氏に聞きたいのは、
・今回の皇室典範改正について、政治問題の法理による司法審査の制限が問題となり得るのは、どのような法的理由からでしょうか?
・また、その判断に当たって、政治性の高さと司法審査の限界を、どのように区別して考えるのでしょうか?
可能性の指摘から、その法的根拠への接続を確認したいと思いますが如何でしょう?
【竹田恒泰氏の訴訟解説を検証する⑤】
今回は「国民主権と違憲審査権」について。
*この項目は③と一部重複しますが、リマインドも兼ねて併せてみていただければ、幸いです(by基礎医)
竹田氏は、国会で圧倒的多数の議員が賛成して成立した法律を裁判所が違憲と判断すれば、「裁判所主権になってしまう」と説明しています。選挙で選ばれた国会議員による立法には、民主的な正統性があります。この点を否定するものではありません。
ただし、それは選挙によって、憲法上の制約を超える権限まで委ねられたという意味ではありませんよね?
憲法を確認しましょう。
憲法41条は国会を国の唯一の立法機関とし、43条は国会議員を全国民の代表と定めています。一方、81条は最高裁判所の違憲審査権を定め、98条1項は憲法を国の最高法規とし、これに反する法律などは効力を有しないと定めています。
つまり、国会による立法も、裁判所による違憲審査も、ともに憲法が予定している制度です。もちろん、日本の違憲審査には、具体的な訴訟の適法性や司法審査の限界という問題があります。
高度に政治的な問題について、司法審査が制限され得ることも否定しません。
ただ、ここで区別して考えたい。
国会で多数の議員が賛成した法律であることと、その法律が憲法に適合していることは、同じ問題ではありません。また、司法審査に一定の限界があることと、裁判所による違憲判断が「裁判所主権」になることも、同じ説明ではないはずです。国会の民主的正統性を尊重することと、憲法が認める違憲審査権を行使することは、竹田氏の説明ではどのような関係にあるのでしょうか?そして、国会の多数によって成立した法律を裁判所が違憲と判断することが、なぜ「裁判所主権」になるのでしょうか?
今回の訴訟で裁判所がどのような判断を下すかではなく、竹田氏が述べた「裁判所主権」という説明について、その法的根拠と論理的な接続を確認したいと思いますが、如何でしょう?
【竹田恒泰氏の訴訟解説を検証する…最終回】
最後に、全体を通じて考えたことを書いておきたいと思います。
竹田氏は、三法制局が合憲と判断したという説明、訴訟の成立可能性、政治問題の法理、国会の多数決と国民主権など、さまざまな論点を挙げています。
どれも、検討する意味のある問題とは思います。また、今回の訴訟には難しい問題があることも否定しません。それは原告の小林よしのり氏も、倉持麟太郎弁護士も認めています。
ただ…私が聞きたいのはその先です。
・三法制局が合憲と判断したというなら、それぞれの判断の根拠は何でしょうか。
・訴訟が不適法になる可能性を論じるなら、実際の三つの請求のうち、どの請求が、どのような法的理由で認められないのでしょうか。
・政治問題の法理を持ち出すなら、今回の皇室典範改正に、その法理が関係する理由は何でしょうか。
・国会で多数の議員が賛成したことは、法律の憲法適合性について、どのような意味を持つのでしょうか。
これらは、竹田氏が挙げた論点について、その根拠と結論の関係を確認する質問です。
もちろん、竹田氏がこれらの論点を混同していると、最初から決めつけるつもりは、私にはありません。また、竹田氏の説明から、訴訟の結論を予測しようとしているわけでもありません。
私が確認したいのは、竹田氏自身の説明が、どこまでの結論を支えるものなのか?ということです。
たとえば、訴訟が不適法として退けられる可能性と、改正法が合憲であるという判断は、異なる問題です。国会で多数の議員が賛成したという事実と、その法律が憲法に適合するという結論も、区別して考える必要があります。
それぞれの説明には、それぞれの根拠が必要でしょう。
根拠と結論の間に、論理の橋は架かっているのか?
そして、その橋は、示された根拠によって本当に支えられているのか。
きちんと渡ることが出来るんですか?
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ありがとうございました。今回の竹田の【文字起こし】は、動画の印象とは別に検証すべき内容がふくまれていると、自分は感じていました(ぼくらにとっては不快、向こう側の支援者にとっては金言だとしても)。サトルさんのブログカテゴリーを論破祭りにしなかった理由もそこにあるのですが、自分、「裁判所主権」という言い方には、けっこう驚きました。これは、自分の認識している三権分立とは違い過ぎて(司法の暴走が起こる証拠でもあったのだろうか?)、政治学的にこの意見が妥当かどうかについては、大きな関心があります。で、サトルさんは控えめに書かれていますが、この「裁判所主権」はかなりハッタリに近いものを直感的には感じています(そうでなければ、そもそも今回の訴状の立て付けとして、抽象的違憲審査までも俎上にあげてこないだろう)(by基礎医)。
ナビゲート:「愛子天皇への道」サイト編集長 基礎医学研究者
1 件のコメント
サトル
2026年11月3日
掲載ありがとうございます。
➂と⑤が重複していて、一つにまとめられますが、単発コメント投稿…した私が悪いです。ご容赦をm(__)m
最終?は、今回お話を頂いた時点で「まとめ」(整理)として、リクエストして、書かせていただきました。繰り返しがほとんどですが、こちらも構造的な欠陥?の補足とご理解いただけば……。
>基礎医さん
ありがとうございました。「ぼくら」ということでしたので、そちらにも感謝の意を。
ありがとうございました。
で、確かに「かなり抑制しています」
不利?な点も隠さずに。
※これは、記者会見での倉持弁護士の態度に倣いました。
今後も継続したいかと。