天皇制と立憲主義を考えてみる…(その11最終)象徴天皇制は何を支えているのか?

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サトルです。
ようやく最後になります。

ここまで、

・立憲秩序   ・制度正統性   ・国民の総意 ・伝統
・法の下の平等 ・安定的な皇位継承

などについて、少しずつ整理してきました。そして振り返ってみると、結局のところ私は、「象徴天皇制とは何なのか」という問いに戻ってきているようにも感じます。

今回は、そのことについて少し考えてみたいと思います。

最近の皇位継承議論を見ていると、

・女性皇族の婚姻後の身分保持
・旧宮家養子案
・皇族数確保
・制度設計

などが議論されています。

もちろん、制度設計は大切です。しかし本来、それらは何を維持するための制度なのでしょうか?その問いを忘れてしまうと、制度だけが独り歩きを始めます。

その確認は、やはり必要なのだと思います。

平成28年8月8日、上皇陛下(当時の天皇陛下)は、次のように述べられました。

このおことばを読むと、「伝統を守るか、現代に合わせるか」という単純な対立ではなく、伝統を現代にどう生かしていくのか。その模索が語られているように感じます。そして、おことばの最後には、次のような言葉があります。

そして最後に、「国民の理解を得られることを,切に願っています。」と結ばれています。

ここで語られているのは、皇室だけの問題ではありません。「国民と共にあり」「国民の理解を得られることを願う」という言葉からは、象徴天皇制が国民との関係の中で成り立つ制度であることが伝わってきます。

最近の議論では、「なぜ天皇が男性でなければならないのか」という問いも改めて提起されています。

私は、この問いを、賛成か反対か、勝ったか負けたか、という形だけで見るのではなく、

象徴天皇制とは何なのか?
何を支える制度なのか?

という問いとして受け止めています。

制度設計は重要です。
立法事実も重要です。
説明責任も重要です。

しかし、それらは本来、何を維持するために存在するのでしょうか?その確認がなければ、制度だけが残り、目的が見えなくなってしまいます。

ここまで整理してきて、私は、皇位継承問題とは単なる継承順位の問題ではなく、日本国憲法の下で、象徴天皇制をどのように未来へ持たせていくのか?

その問いなのではないか?と思うようになりました。そして、その問いは皇室だけに向けられているものではなく、政治にも、国民にも、向けられているのだと思います。

ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。私自身、書きながら多くのことを考え、また少しずつ整理してきました。結局のところ、皇位継承問題を考えることは、

この連載が、皆様それぞれの「天皇制」と「立憲主義」、そして目の前にある「安定的な皇位継承」という問いについて考える、一つのきっかけになれば幸いです。

長らくお付き合い頂き、本当にありがとうございました。

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ありがとうございました。今回は、試案のような感じで、天皇制、立憲主義、(近未来のための)皇位継承について論じてもらいましたが、これは、目の前の問題。すなわち、「勝ち負けの問題」や「政治的な決着」とはまったく別の視点を提供されていると、私見では思います。そして、島田裕巳さんいわれるように、「国民はそれほどバカではない!」です(自分の言葉でいうならば、「皇室の存続」に関する想像力を、国民は充分働かせられる!です(BY基礎医))。

1 件のコメント

    京都のS

    2026年6月14日

     サトル様、ナビゲーターの基礎医様、お疲れ様でした。
     当該の制度(皇位継承の在り方もしくは天皇制そのもの)に賛成か反対か?、あるいは政局における勝利か敗北か?ではなく、大事なのは次世代に何を残すのか?ですよね。それは、おそらく天皇・皇室と国民との相思相愛関係としての「国体」ですよね。
     世界の幾つかの国における君主制と立憲主義との関係の中でも、日本国における歴史的に育まれてきた天皇(権力ゼロ・権威オンリー)制度と立憲主義(憲法が政治権力を統制)との関係は特殊だと言えます。国民感情的には最も残しやすい君主制のはずですが、にも拘らず権力者が残したくなさそうな態度だってことが徹底的に大問題ですよね。

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