世間の暗黒面を破る光明は岩戸の奥から射す

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 小林よしのり先生の名著『ゴーマニズム宣言Special新・堕落論』に参考文献として挙げられている『「世間」とは何か』(阿部勤也/講談社現代新書)を読んだ方はおられるでしょうか。

 著者によると、日本の世間とは狭い範囲の私的な「人間関係の環」であり、世間を支配するルールは「長幼の序」と「互酬」で、逸脱した者には村八分的な罰もあり得ます。同著は「世間」による生き辛さを詠んだ万葉歌人、世間を嫌って隠者となった鴨長明や吉田兼好、世間を文学の題材とした伊原西鶴や夏目漱石といった表現者の作品を通して世間の姿を浮かび上がらせています。

 ところで、明治期の四民平等で平民となった後も元賤民の人々が様々な局面で差別されてきた理由は、「あの地域の人と親戚になると世間体が悪い」といった受け入れる側(世間)の意識のせいだと思われます。「特権階級(主に皇族を指す)が居るから差別が無くならない」という意見も聞こえますが、「世間体」という世間に胚胎するダークサイドの克服を怠る大衆の側にこそ差別が無くならない真因があると思われ、「皇室のせいにするな」と言いたくなります。

 また、読み進めるうちに施光恒氏の『本当に日本人は流されやすいのか』が過りました。それは「協調的」「優しい」という日本の世間でウケる子育てと「自己主張しろ」という西洋式の教育にダブルバインドされているという件です。「協調的」「優しい」は世間のライトサイドですが、上記したように世間には「年長者に服従」「逸脱に非寛容」「空気に逆らえない」というダークサイドもあり、この両サイド間にも日本人はダブルバインドされていると感じます。

 例えば、眞子様と婚約した小室圭氏をマスコミや一般大衆がコロナ自粛の憂さ晴らしかのように一斉に叩いた件も、皆が「世間の空気」に乗ったからだと思われます。

 さて、側室を廃止した時点で「皇位継承の男系固執」は因習と化しました。ゆえに私は、「十番勝負2」に登壇した藤井聡氏と施光恒氏がそのことを理解して転向することを願いましたが、両氏は自称保守世間の空気に逆らえないのか、それは叶いませんでした。

おそらく愛子天皇誕生という慶事は、コロナ自粛や緊縮財政のために暗く停滞した日本社会を明るく照らすと共に、日本的世間の暗黒面を打破する象徴的な出来事にもなると私は感じています。このまま愛子様を岩戸の奥に閉じ込めることは、政治・経済・社会・文化の全局面においてマイナスでしかありません。

 早く愛子様に岩戸から出ていただきましょう。そして愛子天皇を戴きましょう。                 (文責:京都のS)

8 件のコメント

    ただし

    2022年6月3日

     京都のSさま、戦後世代の全ての世間が、責任を逃れる言い訳を用意してきた事実、今も、下の世代に対して言い訳を捻り出し続けている事実、胸に刺さります。
     全てにおいてそうで、まさに日本人の骨髄にまで染み込み絡みついた、日本社会の「世間禍」ですね。
     ゴー宣道場ブログで紹介された、愛知の高校生の言葉を読むと、いたたまれない気持ちになります。
     まさに、世間禍の最大の当事者が、これから日本を背負って立つ世代となってしまう…。
     せめてもの罪滅ぼしとして、皇室がなくなるなどということだけは、身を挺してでも阻止しなければならないと、胸に誓いました。

    京都のS

    2022年6月2日

     ただし様、ありがとうございます。「長幼の序の、長になっている世代が、いわゆる少国民世代になってしまったことが、堕落の底の蓋を開けたのではないか」の件は非常に重要な指摘です。8月15日までは「お国を守って死ね」と言い含められていたのに、翌日から「マッカーサー様ありがとう」「民主主義万歳」ですから、そりゃ耳元で「トカトントン」が鳴り響くでしょう。感性が鋭敏な表現者(太宰・川端…)なら自死するでしょうし、もう少しパワーがあれば決起を促しもするでしょう(三島)。その少し下の世代は手のひらを返した親や上司に従うような権威主義を良しとしない世代(学生運動世代)なのに、いざ自分らが上に立つ段になると転向して権威に成りたがりました。戦後世代の全ての世間が責任を逃れる言い訳を用意してきました。今も下の世代に対して言い訳を捻り出し続けています。自虐史観でもグローバル化でも緊縮財政でもコロナ自粛禍でもワクチン禍でも…。ここまで日本人の脳髄に骨絡みになっていたら、世間禍の払拭は愛子天皇の即位でも難しいのかもしれません。

    ただし

    2022年6月2日

     もの凄く腑に落ちる、いいお話しでした。
     どうも、ありがとうございました。
    m(_ _)m

     京都のSさまのお話しは、いつも、スポンジが水を吸い込むように脳みそと身体に染み渡ってきます。おそらく、この感覚こそが、日本人が本来持っている協調性の源なのではないかと感じます。
     公を体現される天皇や皇室に、思いを馳せてこそ生まれる同胞意識。
     長幼の序の、長になっている世代が、いわゆる少国民世代になってしまったことが、堕落の底の蓋を開けたのではないかと感じました。正しい歴史を国民全体が取り戻し、新たな“長幼の序”を築くことが、一刻も早く求められる、この国の課題かと思います。
     そのための第一歩が、7月10日に北海道札幌市で行われるゴー宣道場だと思っています☆彡

    京都のS

    2022年6月2日

     殉教様、ありがとうございます。「政治議会の意思決定&居酒屋客の意思決定」の件ですが、日本には2つの宿痾があると私は考えており、1つは「お上に従う権威主義」(Eトッド:直系家族システムに由来)、もう1つは「世間」(阿部勤也:私的な人間関係の環)に蔓延する「空気」(山本七平)です。タテとヨコの縛りが日本人を雁字搦めにしています。
     縦の糸はお上~横の糸は世間~織りなす綱は、いつか貴方(日本)を絞め殺すのかもしれない~♪

     基礎医様、ありがとうございます。確かに、夏目的「内発的自己」は漱石が模索し続けた西欧的個人(公的要素を含む)ですから、私的な人間関係の環としての日本的「世間」とは対立概念です。西部氏的4象限分類で考えても日本的世間(集団)に帰属するのは私(わたくし)でしかありませんから、日本では社会(公)も個人(個)も育ちにくいでしょう。故西部邁氏が自著「日本の保守思想」に夏目漱石を福沢諭吉や福田恒存とともに入れているのも納得ですね。

    基礎医学研究者

    2022年6月2日

    阿部先生の「世間」論については、自分は栗本慎一郎編集の自由大学講義録『いまヨーロッパが崩壊する』で知りました。京都のSさんの紹介では、阿部先生の著書では夏目漱石にまで言及されているようですが、確かに漱石のいう「内発的自己」≒「自己本位」ということを考えると、「世間」とは対立する概念かと、私見では思います。また、ダブルバインド。G・ベイトソンですね。久々に聞きました(80年代後半に流行った考え方らしいですね)。自分は社会科学は深くは知らないので、この辺りになるとしっかり理解できていませんが、これは平易な言葉でいうと「自己矛盾」で、確かに「世間」という考え方と「自己主張する」が両立するのは、歪みがでますね。もし、これをバランスする、となった場合、やはり流行とは関係なく、歴史・伝統の平行棒を持つ、「保守」ということになりましょうか?京都のSさんの論考を読んで、そのように思いました。

    殉教@中立派

    2022年6月1日

    うーむ。私は山本七平「空気の研究/文春文庫P78」から引用を。

    (政治議会の意思決定&居酒屋客の意思決定→「空気の支配下に置ける、ジグザグ型相対化」は日本社会の一面だが)決断をだらだらと先延ばしても、別に大したことにはならない状態にあった日本では、これでも支障は無かったのだろう。(中略)戦争という、身の程知らずの事をやらない限りは。

    戦争という「危機的状況」でさえ、先延ばし(&空気への責任転嫁)が横行した。皇室消滅の「危機的状況」でも・・有識会議「皇族数を確保だあ!←論点すり替え」、男系派「神風頼み」、例の学者2人「万策は尽きてないぜ!」・・という、先延ばしぶりである。「民衆にも危機感を共有してもらう」必要性は高いが・・それを知った民衆が、それでも「先延ばし」を選んだら、日本は地図上から消え去るだろう。コロナ騒動で劣化ぶりが露呈した民衆なら、そんな最悪の決断もあり得る。

    もう、民衆に守る価値が無いなら(永久に同じ間違いを繰り返すだけなので)この国ごと切り捨ててもいいとは思う。それでも私たちは、民衆の「素朴な尊皇心」があると信じて、戦い抜くしか無いだろう。

    呪術高専京都校のS

    2022年6月1日

     ダダ様、ありがとうございます。公共空間としての社会と私的な人間関係である世間は別物だと思われます。社会に参画することで公共性を獲得した個と私的な世間に帰属する私(わたくし)も別物です。日本的世間のダークサイドを打ち破るフォースを、左右のグローバリストはネオリベ改革に見出しましたが、結局は世間のダークサイドを残したままネオリベ改革の被害だけを被る事態になりました。
     愛子天皇誕生は日本的世間の闇を祓う象徴的な出来事になると私は期待しています。万葉歌人も歌っているように、おそらく日ノ本の呪術的な世間の闇は神代の時代から存在していると考えられ、祓うことはは難しいのかもしれませんが…。

    ダダ

    2022年6月1日

    「世間」とは何か のご紹介ありがとうございました。世間を嫌う人は昔からいたんですね。(・・当然ですよね)
    自己と世間の相克、難しいですね。世間を社会と誤解したままだと、流されてしまうのかなと。
    愛子天皇の誕生は間違いなく日本中を照らしますよね!私たちで因習をぶっ壊しましょう!

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