ドラマ「大奥」は、若い男子だけを殺す「赤面疱瘡」という奇病が日本の江戸時代に蔓延したら?というイフ設定を設け、男女の立場が逆転した大奥(女将軍のために若い男子が集められている)を中心に展開する物語です。「season2」では八代将軍・徳川吉宗の時代より後が語られますが、赤面疱瘡撲滅の過程を追う「医療編」と開国から倒幕に向かう「幕末編」に分けられます。
「医療編」時代の幕府は権力中枢が田沼意次(松下奈緒)VS松平定信(安達祐実)から徳川家斉(中村蒼)VS一橋治斉(仲間由紀恵)へ変遷します。この二組の対立は経済の面から眺めると少し違った見え方になります。江戸文化が最も隆盛したのは元禄期(1680~1709:徳川綱吉)、田沼期(1767~1786:田沼意次)、文化文政期(1804~1830:徳川家斉)ですが、元禄期と田沼期の間に享保の改革(徳川吉宗)、田沼期と文化文政期の間に寛政の改革(松平定信)、文化文政期の後には天保の改革(水野忠邦)があり、その後は幕府崩壊まで突き進みます。
内戦が終わって数十年後の元禄期には、都市住民の需要を満たすために貨幣経済と流通網が発達し、経済は重農主義(武家と農民)から重商主義(都市部の町人)へ移行しました。吉宗の改革は朱子学的に文化と経済を規制しましたが、河川の整備や花見・花火の推奨といった公共投資も同時に行ったためバランスが取れていました。しかし、定信の改革は田沼の緩みを正すとばかりに都市住民を締め上げ、忠邦の改革も家斉への反発の面が強いものでした。にも拘らず三大改革を称揚しつつ狭間の時代を悪と決めつける行き方が自虐史観では横行しています。重商主義に適した税制改革、二朱銀流通などの金融政策、印旛沼干拓を始めとする財政政策を行ったから田沼時代があり、文化露寇を始めとする対外的脅威に向けた公共投資(伊能忠敬の「大日本沿海輿地全図」を含む)を為したから化政文化が勃興したわけです。
ところで上記二組の対立で言えば、定信と彼を推挙した治斉が緊縮派、田沼と家斉が積極派と言えましょう。時代に合わない統制と緊縮に明け暮れた定信や忠邦は文化を衰退させ、時代の変化に合わせた意次と家斉は文化を隆盛させました。もう筆者の言いたいことは分かるでしょう。朱子学的に理を究めて「男系が正道!」と力説しても、それでは皇室制度が瓦解するから改めろということです。
文責 京都のS
4 件のコメント
京都のS
2023年11月12日
「マージナル・マン(境界に立つ人)としての天皇」( https://aiko-sama.com/archives/22463 )は西部邁が双系(直系)派だったことを論証するシリーズです。
京都のS
2023年11月12日
reinyan様、当サイトでは斜陽コンテンツと化したSの論考にコメントをいただき、ありがとうございます。
以前、施光恒の『本当に日本人は流されやすいのか?』から私が説き起こしてみた「井戸水の3層構造理論」というのがあります。表層:敗戦後のグローバリズム、中層:朱子学と武家文化、深層:神道などを含む日本人の基層、です。藤井や施は、表層VS中層以下だと単純に思っているようですが、中層と深層の間にも混じりがたい膜があるというのが私の立場です。だって、中層=男系主義(嫁入り婚)、深層=双系主義(婿入り婚・妻問い婚・通い婚)ですから。グローバリズムに対抗するには中層と深層の違いなど大した問題ではないと考えたのが藤井&施です。師匠が健在だったなら深層も重視したと思いますね。まぁ、当サイトでは「西部も同罪!」とする考え方もあったようですが、なんとか西部の復権だけは私がライフワークのようにやりました(笑)。
※「双系システムの成立過程を考察する」( https://aiko-sama.com/10589-2 )参照。
もう一つの論点「朱子学=緊縮」に移ります。朱子学的に華美や奢侈を禁じた改革者は江戸期には3名います。徳川吉宗(享保の改革)、松平定信(寛政の改革)、水野忠邦(天保の改革)です。吉宗は豪商の贅沢を禁じながらも河川の治水を行い、堤に桜を植え、花見と花火と推奨し、庶民の心を掴んでいました。緊縮と公共投資のバランスが良かったから名君なのです。でも定信は文化を強権的に統制しました。この辺りのことは「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺」(2025大河:「大奥」と同じ森下佳子の脚本)を観れば解るはずです。水野忠邦に至っては緊縮が自己目的化したマシーンのような男でしたから、一揆や打ち壊しが頻発し、大塩平八郎(陽明学者)の乱も起こり、この動きが討幕運動に繋がっていきました。要するに日米通商条約(井伊直弼)によるグローバル不況と天保の改革(水野忠邦)による緊縮不況が幕府を倒壊させたと言えます。
ところで、またフジテレビが男女逆転じゃない「大奥」をつくるようです。これが男尊女卑復権を画策したものでなきゃいいのですが…。
reinyan
2023年11月12日
京都のSさん、面白いです!田沼意次の再評価はかなり進んで、時代劇での悪代官のモデルになったと言われるイメージも、払しょくされつつあるように思います。ところで、積極財政を謳う藤井聡氏が、緊縮を招く思想の朱子学的に理を究めて「男系が正道!」とこじつけるのは、どういう精神の捻じれなのでしょうか?専門の学問上も、男系派を続けることは無理と万策尽きたのに。ただのポジショントークにしても意味不明です。「師匠への反発」で済ませられる程、男の嫉妬は厄介ということでしょうか?それにしても大奥は面白いですね。衰退著しい業界(時代劇)の救世主になるかもしれない存在が、男女逆転物語と思うと、とても象徴的です。
京都のS
2023年11月11日
当サイトに経済の話が少し載りやすくなった背景には、西部邁氏の弟子を自称しながら男系固執派の藤井聡氏(ケインジアン)が、生前の西部氏と同じ直系(双系)派に歩み寄る姿勢が見られたことも影響しているのかもしれません。少し前までは「ケインジアン=逆賊」というイメージが濃厚でしたから(笑)。
扉画像は、家斉の公共投資としての対ロ政策の一環である「大日本沿海余地図」を完成させた伊能忠敬です。