〈記事紹介・感想〉第14弾 森暢平成城大教授の警鐘(これでいいのか「旧宮家養子案」)

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森先生のこれでいいのか「旧宮家養子案」第14弾です。

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サンデー毎日:女系重視の前例もある 江戸時代の「皇位継承」論理 社会学的皇室ウォッチング!/112 成城大教授・森暢平

 旧宮家養子案を推す人、すなわち男系継承の重要性を強調する人たちは「男系」だけが皇位継承を説明する唯一の論理だと考える。だが、それは適切ではない。中宮欣子内親王と光格天皇の次の時代の継承の議論をたどれば、女系によって天皇本家の血筋をつなごうとする意識も観察されるからだ。

「男系であれば大丈夫」「女系になったら王朝交代」
なんかこんなこと言って喜んでいる人たちがいますが、皇室の皆さまがどんなことを考えているのか、本当に考えて発言してるのか。当事者置き去りに情けなくなります。
(今回の話は森先生のXにある図を見ながら読むとよくわかります)

後桃園天皇の内親王欣子が閑院宮家から師仁と縁組して光格天皇となる話を以前先生は書かれました

光格天皇から、欣子内親王の子供温仁親王、勧修寺婧子の子供恵仁親王が産まれている。(欣子内親王と結婚前に5人の子がいたがいずれも亡くなっている)
皇位継承者である内親王の子温仁親王は3か月で亡くなってしまい、すぐに皇位継承者が勧修寺婧子の子供親王恵仁親王に移るかと言えばそうではなく、欣子内親王のご懐妊を待つこととなる。
この動きについて森先生は

皇位継承者は天皇本家の血統を継ぐ欣子が産んだ子であることが前提で、弟、恵仁が直ちに継承者となることはなかった。欣子の新たな懐妊が待たれたのである。

と書かれています。

男系だけで継承なら何でもよいと考えられていたら、このような動きにはならなかったでしょう。

その後欣子内親王にお子さまが産まれなかったため、恵仁親王を欣子内親王の「実子」として育てるようになったが、天皇家の娘として男の子を望まれて、実の子が亡くなり女官の子を「実子」として育てるという苦しみからか、2年後には恵仁親王との同居は解消してしまう。

簡単に「男が産まれなければ旧宮家から養子を取ればいい」と言ってる人は、当事者の気持ちをどう考えているのでしょうか。

この後光格天皇との間に欣子内親王が高齢出産で悦仁親王を産みます。
森先生は

 その後、光格天皇の生前退位を受け、恵仁が即位し、仁孝天皇となった。正室(女御)鷹司繋子(つなこ)との間に第1皇子(安仁(しづひと)〈鍠宮(おさのみや)〉)が誕生したのは、1820(文政3)年である。このとき、次代の皇位継承者は安仁ではなく、依然として天皇の弟、悦仁(当時4歳)であった。つまり、光格→仁孝→安仁という男系継承よりも、後桃園→欣子→悦仁という女系継承のほうが重視されたのである。

と書かれています。

当時から「天皇に近い血筋は?」を考えているのが、素人の私でもわかります。

実際には悦仁親王が亡くなってしまい、仁孝天皇の正室が出産と同時に母子ともに亡くなるという事態があり、光格上皇は亡くなった鷹司繋子の妹の鷹司祺子を後室として選んだ。ここについて森先生は

 欣子の年齢から考え、欣子の子を天皇にする当初の構想は断念せざるを得ない。しかし、閑院宮家系の仁孝天皇では、本家、中御門系皇統からどんどん離れていく。そこで鷹司家から連続して正室を入れ、せめて閑院宮系の血は濃くしていきたい―。光格上皇はこう考えたのではということだ。

皇統直系から離れていくことをよしとしない歴史があります。

陛下から600年近く離れた生まれながらの国民を養子にしてどうしようというのでしょう。どうなると思っているのでしょう。

歴史は間違いなく女系継承を念頭において天皇から近い血筋で継承しようとしています。実の子でない親王を「実子」として育てようとしてもうまく行ってない事例があります。

天皇直系の愛子さまがいらっしゃるのに「男系でなくなるから」皇位継承権を与えないというのは歴史を知らない男尊女卑の人間のやることです。

森先生の次回作も楽しみにしています。

と、ブログを書いていたら、森先生が7月ゴー宣DOJO「愛子さましか勝たん」に登壇されるとの情報!
7月27日、森暢平氏、登壇決定!

ますます楽しみになってきました!

文責 愛子天皇への道サイト運営メンバー ふぇい

3 件のコメント

    mantokun

    2024年4月27日

    森先生の論考、今回も素晴らしかったです。真のプロとは森先生のような方を言うのでしょう。
    一方で、先日園遊会に招かれて愛子さまを称えていた令和の有識者会議メンバーの里中満智子氏、中江有里氏らは、自分たちが賛成したその案の中身が、一体いつの時代に出来上がった価値観を基にしていて、その案が通ることで皇室の方々がどんな思いをされるのか、また皇室や日本国の行末にどんな影響をもたらすのか、そもそも皇室のご存在のありがたさの核心がどこにあるのかを、真面目に考えてもいないのでしょう。だから、彼らには皇室を滅ぼすお先棒をかついだ自覚も罪悪感も全くない。あったら、ノコノコと園遊会に出席できないでしょうから。

    中江氏がXのポストで(おそらく悪気はないのでしょうが)愛子さまへの敬称もまともに用いられない様を見ても、令和の有識者会議が、およそ皇位継承に関して有識者と呼ぶに値しないレベルの見識しか持たない人物ばかりを集めた会議だったことは明らかです。
    そんな「逆賊無識者」会議の報告書案を、これまた自民党の懇談会メンバーは盲判を押して承認し、そのまま法律化しようとしている有様。上記の人たちは全員、森先生の姿勢は対極にある、職責に対して求められる能力も知識も責任感も皆無のド素人集団です。

    今回の記事では、その時点で最も長く続いた皇統を直系とし、皇位継承は性別が男でさえあればいいのではなく、より直系に近い血筋が優先されることが、さらに理解できました。
    もし男系継承のみが尊重されるべき皇位継承ルールであったなら、わざわざ先代の唯一の内親王を中宮とし、ご出産圧力をかけ続け、精神異常をきたすほどのご負担を負わせることはありません。まだ赤ん坊のうちから次代の男子を産むことを至上命題とされ、ようやく産んだ我が子は数ヶ月で失ってしまったのに、他人が産んだ男子を自分の子として育てることまで強制された欣子内親王の苦しみと悲しみはいかばかりだったことでしょう。
    逆説的ではありますが、欣子内親王の気の毒な先例は、儒教的な男尊女卑思想が強かった江戸時代でさえ、日本は双系社会の名残があったことの証しだと思います。

    現代に置き換えて考えれば、後桜町天皇は中継ぎではなく、婿を迎えて女性天皇として直系を繋げられるべきだったし、欣子内親王は中宮ではなく、自らが即位なされれば良かったということになります。
    しかし、平均寿命が短く乳幼児死亡率も高く、不妊は女性のみに原因があるとされ、男性は側室を持つことが当然視されていた時代、武家政権時代でもあり、男系原理が中途半端に重んじられて久しい中で、当時の皇室はどうにかして男系男子継承を続けながら、女系によって直系の正統性を担保するしかなかったのでしょう。

    しかし、皇室のご存在の核心は男系男子継承などではないことは、昭和以降の天皇陛下が御自ら次々と皇室を改革され、それでも全く皇室の聖域性が損なわれなかったことからも明らかです。天皇の后を皇族でも華族でもない平民から迎えても、生まれたお子様を乳母ではなくご両親のもとで養育しても、何ら問題はなかったどころか、国民からの敬愛はいや増すほどに素晴らしい皇后陛下、皇子女が誕生されました。

    であれば、ようやく女性が皇統を繋ぐことに社会的に何の制限もなくなった今、天皇陛下の唯一のご息女であり、さらにご人格の高潔さ、国民に慕われる愛らしさ、豊かなご才能を持つ愛子さまの皇位継承を認めることは当然としか言いようがなく、時代にそぐわない皇室典範とそれを放置している政治家が異常なのです。
    直系の皇女など無視して、国民の中から男を選んで皇室に入れて男系男子で継承すればいいなどと言い放つ輩は、光格天皇以降を直系の正統性を担保しながら皇位を繋ぐために、当時の人々がどれだけ必死だったか想像すらできていない。その軽薄さと無神経さは現在の皇室と国民だけでなく、先人や日本の歴史を冒涜しています。

    皇室が直系継承を優先してきたのは、徳の高い君主を養成するためには直系が最も有効だからであり、ひいては皇室が長く続いていくために必要だったからでしょう。そしてそれは、皇室が国民と苦楽を共にするというあり方を最も重視されているからに他なりません。
    7月27日の森先生のご登壇を楽しみにしています。

    くりんぐ

    2024年4月27日

    後桃園天皇の遺児である欣子内親王が、後桃園天皇の後継として選ばれた光格天皇の妻の中でも最も位の高い中宮となり、欣子内親王のお子さまが皇位継承者として他の女性が産んだ子よりも優先されていた点は、天皇との血筋の近さが何よりも優先されていた事実を物語っています。

    欣子内親王は物心つく前から、将来の男子出産を期待されたものの、なかなか子宝に恵まれず、やっと授かった子を早くに亡くし、その期待に応えることは叶いませんでした。

    欣子内親王の子への皇位継承が断念されたことで、光格上皇が選んだのは閑院宮家と血筋の近い鷹司家の女性を仁孝天皇の後室に迎えること。
    当時の宮廷のルール「特定の家に権力が集中しないよう一つの家から連続して入内させない」を破ってまで、女系での格上げに拘ったのは、仁孝天皇の正統性を少しでも上げるため。

    男系派が旧宮家系国民男性を皇族にして内親王・女王と結婚させようとしているのは、旧宮家の血筋の遠さゆえ。
    男系では第93代後伏見天皇の子孫という20世以上も天皇との血筋が離れている場合の皇位継承は前例がありません。
    愛子さま・佳子さまと年齢の釣り合う男性がいる賀陽家は明治天皇・昭和天皇の皇女が誰も嫁いでらっしゃらないので、なおさら内親王である愛子さま・佳子さまと結婚させたいという思いが強いのでしょう。

    周りの思惑で肩書きや家柄で特に好きでもない相手と結婚させて子が生まれても、夫婦仲が悪ければ子に悪影響を及ぼすことは歴史が証明しています。

    もう血筋の格上げのために、皇族方に望まぬ婚姻を強いる時代ではありません。
    内親王・女王も含めて、皇室という聖域で育たれた今上陛下と血筋の近い方が皇位を継がれる制度にすればよいのです。

    SSKA

    2024年4月27日

    人も血統もその時代の人々の支持を集めるのが正しいとは今更言うまでも無い事で、現在でもただの国民男系男子が女性皇族方に敵うものは1ミリも無いと身分詐称男が自ら証明しています。
    ポストの「補完的な関係」の通り、日本人は男女問わず本人もそのお子様、子孫にも親しみを感じ資質が備われば尚良いので、血統では遠縁で心細い光格天皇も後桜町上皇の後ろ盾を得ながら成長されたところからも男系だけでは絶対的な支持を得られないと見る外無く、最終的に集団組織の信頼を失墜させぬ事が最優先(それ故に昭和の旧皇族は不適格とされ、その子孫も同様の理由で有り得ない)されるのだと思います。

    天皇の系図に男女が交錯するのは大陸の原理を模倣はしても原理としない為であって、シナ視点の脳が拒否し思考停止して諦め「雑系」とレッテルを張って逃げるのはぎりぎりの生存を懸けた時代の人に対する侮辱であるといい加減理解すべきです。

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