天皇制は必要か?(だふねの場合)

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本日も、ゴー宣道場門下生による「天皇制は必要か?」という命題についての考察です。


表題に掲げた「天皇制」について。


日本人の多くは、その重要性を考えたことがないと思います。

ここはひとつ、私を含めた国民一人一人に、

「皇室について、ほんとうはどう考えているか」

開陳していただきたいと、そう切に願います。

心から「皇室は続いたほうが良い」と思うか?

 そして、その理由は?


それとも、「確固たる理由はないが、なんとなくそう思う」程度か。

私は「皇室が続いてほしい」と考えますが、

それは神道学者の高森明勅先生の言葉を借りれば、

「日本及び日本人にとって、天皇・皇室の存在は本当に必要なのか、

という根本的な問いを迂回して、その存在を漫然と自明視している為に、

その切実な存在意義を“身に沁みて”感じ取れていない」

高森明勅公式サイト
https://www.a-takamori.com/post/201111

という、まだその段階だったかも知れないと振り返りました。

個人的に、天皇皇后両陛下のことは、ご婚約会見の時から大好きだし、敬愛していますが。

むしろ、男尊女卑・男系固執派により雅子さまや眞子さま、愛子さまが苦しみ続ける現状に終わりが来ないのなら、

いっそ天皇制なんて「なくなったほうがいい」と考えることも、正直あります。

「幸せになりたい」という、生身の人間としてあたりまえの願いすら叶えさせてあげられないのなら。

ただ、もし天皇制がなくなれば、世の中はより不安定になるであろうことは、手に取るようにわかります。


(コロナひとつで浮足立つ、目先の利益にのみ心奪われる、自律心に乏しい今の日本人の体たらくを見れば。)

私は、国民には次のようなことを、自分の身に置き換えて考えてほしいです。

性別や結婚その他について、外野から好き勝手言われる。

「自由は許さない。どんな無理難題押しつけられても、死ぬまで国民の言うことをきけ」と縛られ続ける。

自分だったらそんな身分に生まれたいか?

過酷な運命を背負わされても、国民は口先だけ感謝するのみで、苦悩に寄り添ってくれることもない。

「放っておいて滅びたとして、我々には関係ない」――こう言われても、一切反論できない身分になりたいか?

日本人とは、天皇とは何か。


天皇制がなくなれば、日本はどうなるか。


日本人は何を拠り所にして生きていくのか。

「天皇制は必要か?」――制度の要不要といった話に留まらず、

古来から近来にわたる日本人のアイデンティティに深く関わってくる議題と言えるでしょう。

それにしても、こういう大事なことを学校では一切教えてくれないし、考えさせてもくれません。


日本の教育とはいったい何なのかと、首を傾げるばかりです。

文責 奈良県 だふね

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3 件のコメント

    佐々木 朋丈

    2020年11月22日

    もし、天皇制を存続させるか廃止するか決定を委ねられたら、
    自分は即座に廃止を選びます。

    今上陛下をはじめ、歴代の天皇陛下は我々国民のために祈りを
    捧げてきました。しかし、一方の我々国民は天皇陛下並びに皇族方に
    事実無根のバッシングを投げつけ、美智子上皇后様や雅子皇后両様を
    ご病気にまで追い詰めました。

    そして今も、天皇陛下の即位式では散々お祝いの言葉を述べたにも
    関わらず、一方で秋篠宮殿下や眞子様のお相手の小室圭さんに対して
    心無い誹謗中傷を向けている始末です。

    小林よしのり先生は「天皇陛下をやっていただいている」と仰っていましたが、これも自分たち国民の甘えに外ならず、自由も権利もやらないが
    ひたすら自分たちのために尽くせと言っているようで、とても自分たちに
    天皇陛下を戴く資格があるとは思えません。

    数年前に、民主主義は実は国民皆天皇を求められているんじゃないかと
    思い、小林よしのり先生に質問をしたことがあります。そのとき
    「国民は天皇陛下になれない、だから民主主義は堕落する」と回答を
    いただきました。

    天皇制を廃止すれば、日本の秩序はアメリカのように不安定なものになると
    思います。しかし、自分たちは国民の権利を享受しておいて、皇室の方々に
    罵詈雑言を投げつける様を見ると、天皇陛下をやっていただくことに
    後ろめたさを感じるし、酷ではないかと思います。

    寧ろ、天皇陛下がこれまで背負ってきたものを自分たち国民全員で
    背負うのが当然の義務ではないでしょうか。

    京都府・S

    2020年11月22日

     人は、対象となる存在が失われて初めて、その存在の有難さに気付くのでしょう。日本人は敗戦後に国家主権を半分明け渡し、そのことを淵源として今も次々と大事なものを外国政府や外国資本に売り渡しています。失ってから気付くまでに年数を要しますが、気付いた時には完全に手遅れです。
     皇室についても、天皇制に賛成の人も反対の人も、失ってから気付くのでしょう。敗戦の前後、日本国民は命を懸けて天皇制を守ろうとしました(国体が維持される保証が得られるまで原爆を2発落とされても降伏しなかった)が、現代の日本人はコロナごとき(日本人にとって)超低リスクのウイルスにビビッて、つまり自分の命がわずかばかり危険に晒されそうな事態にビビッて、皇統の安定継承に関わる問題を先送りしようとしています。
     権威と権力を分離する役割を果たしてきた天皇制が失われ、戦前・戦中やコロナ禍で見られたような横の繋がりによる全体主義ではなく、強力な独裁者が上から敷く全体主義が現出し、弾圧・抑圧と反政府テロが横行した時、天皇制を放棄したことを真剣に悔やむのでしょう。でも最早そうなった時には手遅れです。
     しかし、コロナ程度によるショックドクトリンで皇室を放棄するような国民なら、皇室は身の丈に合わないものだったと諦めるしかないのかもしれません。その方が皇族女子たちの幸せに繋がるのでしょうから…。

    ダダ

    2020年11月22日

    私も、日本の伝統(慣習・因習)と国民感情(皇室への敬愛)が皇室を苦しめているのであれば皇室は無くなってもいい。皇族は誰も悪くない、国民側に罪がある。と考えたことはあります。
    今は皇室存続のために声をあげていますが、正直、気持ちがぶれる瞬間はあります。。
    教育で皇室を学ぶことは、個の自立や日本国民としての自覚が期待できるので、とても良いことだと思います!

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