天皇制は必要か?-皇統を学ぼうさんより問題提起

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本日は、当サイトの読者の方からの投稿です。


小林先生の「天皇制は必要か?」という問い掛けに応えて投稿致します。

結論としては、現代日本人にこの問い掛けを持つ資格がなく、この問いかけは棄却されるべきです。

天皇とは何か?

天皇は祈る存在です。

祈りとは何か?

私は一度だけ真剣に祈ったことがあります。

妻が出産のために分娩室に入り、私一人跪いて神に祈りました。

どうしようもなく自分の無力さを感じると人は神に祈ります。

現代人は祈りを忘れています。(もちろん私を含めて)

ただ、天皇だけが人間の無力さと向き合い、一瞬にして崩壊しかねないこの国の危うさ、儚さを自覚して、日々祈りを捧げています。

我が国は二千年に渡り存在し、天皇はずっと祈り続けてきました。

今上陛下は二千年間の祈りを受け継いでいます。

今上陛下よりも強く祈る人だけが「天皇制は必要か?」という問い掛けを持つ権利があります。

この権利の無い者が天皇制を廃止しても、その者に日本という国を運営することはできません。

天皇が祈りの中で見ているこの国の弱さを、その者は絶対に見ることができません。

人間の無力さを忘却した傲慢な精神が打ちたてた国家という建築は、わずかな風雨で崩壊し夥しい災厄をもたらすに違いありません。

「天皇制は必要か?」という問い掛けには「近代において」という枕詞が付きます。

科学は発展し、宗教は廃れ、哲学から神はいなくなりましたが、いかなる近代思想も人間を強くはしません。

この問いかけは傲慢さを助長する非人間的な問いであり、棄却されるべきです。

文責 皇統を学ぼう

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7 件のコメント

    ただし

    2020年12月15日

     会社を例にして考えてみました。
    『こういう制度は必要か?』『今、行き詰まりそうなこの制度は必要か?』『会社そのものの形態は、このまま続けていいのか?』『会社そのものの存続が危うくなっている状況で、この制度を続けていいのか?』

    それに対して、『自分たちには、それを語る資格がない』との答えは、どういう結果を生むでしょう。どういう展開が見込めるでしょうか。解決へ向けて進むことが果たして出来ますでしょうか。

    当事者として、問題を真正面から受け止め、全身全霊をもって考える。
    それが、問題解決への最も有効な手段であり、最も責任を負った行動であるという気がします。

    ツム

    2020年12月7日

    今の制度では、天皇陛下に、天皇制が必要か否か、廃止するかしないか、決める権利はないですよね。
    抽象的な資格とかいう話でなく。

    であれば、制度上その権利を持つものたちが議論するしかないですね。
    権利を持つものの義務、責任ですよね。

    その議論のタイミングは、このままいけば必然的に消滅するのがはっきりして、その軌道修正がギリギリ間に合うかもしれない「今」しかないですね。

    抽象的な議論はそのあとでいいと思います。

    サトル

    2020年12月7日

    皇統を学ぼう様の投稿を拝読しました。

    「近代合理主義」に染まった者たちに対して「資格」がない、「合理」で考えるな、と言うご主旨かと思います。(祈りを例に出されているので……)
    しかし、ここで思うのですが、だからこそ、「合理」を越えた「何物」かについての「議論」が為されなければならないのではないでしょうか?

    「墓を掘り返せ」とか、「単なる物語」だとか「1つの政治形態」など「学問的且つ科学的」議論の場になるとお考えなのでしょうか?

    権利と義務の対置でお考えなのかも知れないですが、それこそ「近代合理」の罠に嵌まってはいないでしょうか?

    少なくとも議題がでてから「煩悶」状態の人が続出しているのはまさに「近代合理」の毒出し状態に落ちいってるからでしょう。私もその1人です。合理と非合理の考え方も既に「近代合理」の「枠組み」から「1歩」も踏み出していないのですから……。

    「天皇制は必要か?」とは「合理」を越えた「何物」かに対する問いかけです。

    上皇陛下が問いかけたのは「資格のない者達」に対してなのでしょうか?
    私たちに必要なのは、動物のような「恐れ」ではなく、人だけが持つ「畏れ」ではないですか?
    であるならば、「天皇制は必要なのか?」の問いかけは、まさにその道程には必要であると、私は考えます。

    佐々木 朋丈

    2020年12月6日

    皇統を学ぼう様からの問題提起について自分なりに考えました。「天皇制は必要か?」という議論は結論から言うと、必要ではなく必須だと考えます。
    何故なら、日本国憲法の第一章で天皇について明記しているからです。憲法は権力が暴走しないよう、我々国民が権力者に向けた命令書です。その日本国憲法で我々国民は天皇陛下に向けてもこうあるべきだと明記しています。つまり、天皇陛下はじめ、皇室の方々の未来は我々国民が握っているも同然です。
    天皇という地位を「やっていただいている」が正しい認識ですが、皇位継承も憲法で規定されている以上、今後も天皇をやっていただけるよう皇室典範を改正するのか、必要ないから自然消滅を望むのか、今突き付けられている問題に対する我々国民全員の総意を明確にするためにも、議論は必ず行う必要があります。

    チコリ

    2020年12月5日

    国民のために祈ってくださる天皇陛下、それだけで、わたしはもう、ありがたくて、言葉がありません。

    京都府Sさんに、同感です。

    京都府・S

    2020年12月4日

     「今上陛下よりも強く祈る人だけが「天皇制は必要か?」という問い掛けを持つ権利があります」という一点に真理があると感じました。
     しかし傲慢な現代日本人は、「天皇制は必要だが戴く資格は無い」状態にあると考えます。従って、傲慢な現代日本人が自明視している天皇という存在の有難さを再認識させる意味において、あえて「天皇制は必要か?」と傲慢に問うてみることもあり得るのではないかと考えます。

    ダダ

    2020年12月4日

    皇統を学ぼう様
    投稿ありがとうございました。
    天皇の二千年の孤独、、、正直に言うと怖いです。畏れてしまいます。
    また、皇統の経年に比例して天皇の孤独は増々深まる気がします。

    近代の民主主義国家において、国家・憲法・市民の関係は切り離せません。
    ここに天皇を入れて補完しようとすると、どこかで矛盾が生じてしまいます。
    だからと言って、天皇の能動的な祈りに対して、その理由は良く分からないけど好きに祈りなよ。と、天皇を突き放す程の恥知らずな人生を送るのは辛いです。

    共同幻想という言葉があったように、天皇がいなくても日本国は成立してしまうかも知れません。
    それはもう日本国では無いでしょうが、天皇に依存できたからこそ、代替にも依存できる可能性が危惧されます。

    従いまして、天皇制は必要か?の問いは、日本国民なら誰もが答えを探す命題ではないかと考えます。
    そうでないと不公平、と考えてしまうのも私が近代思想に毒されているからですね。
    変な終わり方でスミマセン。(お察しの通り、答えが出ていません)

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