天皇制の必要性に関して、いま一度よく考えてみる

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天皇制の必要性に関して、少しずつ時間をみつけては書き進めているところです。

感情論や理想論とは距離をおいた、前提や公理の積み上げを行っています。
(よしりん先生を倒せるほど(せめて気概だけでも^^;)の論理の積み上げには、時間も手間も文量も相応にかかります。)

「天皇制は必要か?」

このテーマを棄却すべきか否かについては、無礼な要求であることは置いておいても、いま一度よく考えてみた方がいいと思っています。

よしりん先生の仰る通り、重要なのは国民の「深刻な関心」の喚起です。

なんとなく双系容認ではなく、政府を突き動かすほどの強烈な熱意や勢いを、
どうやって呼び起こすかが重要なはずです。

もちろん、我々自身の熱意や行動も直接的に問われますので、「天皇制は必要だ」という主張の強化も当然各々がしなければなりません。

一方で、皇位継承問題はもう時間が残されていないため、自己満足的に議論や
勉強をただ続けていさえすれば、それで免罪されるものではありません。

単に、ゴー宣道場に参加して、設営を手伝って、話を聴いて、質問に答えてもらって、あー勉強になった、あー議論に参加できてよかった、あー仲間と話せて楽しかった...というだけではもう許されない時期になっている可能性が高いと思っています。
(学生のように勉強や議論は免罪符にはならないし、ゴー宣道場は免罪符の支給場ではないし、目に見える成果を目指す必要があるでしょう)

決断(責任)から逃れていては、怠惰な政府にも文句は言えないし、せいぜい
内輪で溜飲を下げて満足するゴミ野党と同じでしょう。

多くの日本人が『自由からの逃走』のみならず『決断(責任)からの逃走』まで犯している惨状です。

そういう逃走ゴッコ状態では、せっかくの議論も自己愛撫以外の意味をなしません。

本来、事実や現実に対して臆病過ぎることや弱すぎること、逃走や回避こそが
真性の悪だと思いますが、アクを抜かれたピュアな日本人には、もっと強烈な
アク(悪)や、強烈な怒りや恥の感情が必要なのかも知れません。

安易な「考え続けなければならない」といった方向への収束も要注意です。
(衝突を回避したいときのマジックワードの可能性有)

ごく冷静に、考え続けなければいけないのは当たり前、勉強し続けなければならないのも当たり前、脳ミソは貸借できないので一人で勉強しなければならないのも当たり前...なのですが、よしりん先生をはじめ師範方に大いに助けて頂いている浮き輪ビニルプール状態なので、それが見えにくくなっています。

やはり、自分で何かを生産してナンボのものでしょう。

文責 広島県 三味線

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2 件のコメント

    ダダ

    2020年12月11日

    11/25の緊急シンポジウム「皇位の安定継承に向けて」に参加された方にお話しを伺いましたが、国会議員の関心の低さが目立ったようです。
    上皇陛下、天皇陛下は時代に即した伝統の変化を認めています。世論も女性天皇・女系天皇を支持。決断から逃げているのは覚悟無き国会議員だけ。
    となると、決着を付けられるのは国会だけなので、決断できる国会議員を応援するしかないと思います。
    然しながら、皆さまの声が事態を推進させることは疑いようがありません。

    チコリ

    2020年12月11日

    「決断からの逃走」「自分で何かを生産してナンボのもの」
    そうですね。本当にそうです。

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