倉山構文から見える無責任さ…アルク・ホーゲンゴミ屋敷(最終)

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サトルです。
やっと最後です

今回はずっと、いつもと違うスタイル(笑)で書いてますが、最後もいつもと違うスタイルで。

今回は「笹氏」のブログを足掛かりに書いてみたいです。
https://www.gosen-dojo.com/blog/57284

ここで注目したいキーワード。

「無責任」、「双方向的な対話」

双方向的な対話…これ、双方向的な対話の「欠如」…あるいは「拒否」…と私は解しました。

ここ…私なりに「ピン!(それだぁ!)」となったので、私は、笹さんのブログを足掛かりに掘り下げ、暗い山さんの「無責任の根っ子」を書きたいと。

…………
双方向的な対話…。

まず最初に浮かぶのは、

書き手と読み手の間に於いて…ですが、私が強く思うのは、「それ以前」に根っ子がある…存在している……です。

まず始めに、

書き手と読み手…で、考えられるのは、書き手として、読み手が自分の言いたいことがどうしたらわかるか?を念頭に、様々な表現や筋道を想定しながら、あーでもない、こーでもない…と脳内整理しながら、書いていくこと…かと。

そこは「読み手の存在」を想定しなければ出来ない。

また、
読み手は当然、書き手が何を言いたいのか、何を考えているか?を、やはり脳内で考えながら読む。

そこに(実際に会っていなくとも)「双方向的な対話(歩み寄ろうとする態度、姿勢……議論)」が生まれる…です。

論理的でわかりやすい文章(説明)…と言うのもあります。

これは「双方向的な対話」ができるように、書き手が読み手に浮かぶ疑問を「先回りして」、筋道を…あるいは、確かな事実や根拠のある事例を明示して、読み手に伝えること…と私は考えています。

例えば、小林氏の作品がそうであるし、井上達夫氏の著書(用語は難解であっても)だし、先日の森暢平氏の「基調講演(書籍ではないが)」…ではないでしょうか。

さらに言えば、そのためには…その成果を得るには、「まず、書き手自身の中での双方向的な対話」…が必須です。

これが私の考える「それ以前」です。

主たる自身と「反論、批判する」自身。 
必ず「反論、批判する」自身が必要。
「肯定、礼賛する」自身だけ…なら、「独りよがり」「俺様偉い!」にしかなりません(笑)

※まあ、あんまり「反論、批判する自身」が強いと「病気に」なりますケドね。

ここは注意……です。マジに。

この(書き手自身の)「双方向的な対話」プロセスを経ない限り、読み手には「まったく伝わらない」し、読み手側は、書き手側に「厚みがある」「よく考えている(異論反論があっても)」などと感じることなど皆無でしょう。断言したっていい(笑)

そしてそれがある…窺えるからこそ、「責任」が生まれる…そこに「(書き手に)責任感がある」と…人は感じる、受け取れる…と私は考えています。

…………

暗い山さんの「無責任の根っ子」と前回書きましたが、それは彼の「先例崇拝(コピペ笑)の態度」にあります。

実はここにも、先例?を作った先人との「双方向的な対話」が、欠片もない。

・だから、「だってそう書いてある」だの、「通説は」だの(大事ですけどね)、「プロを呼べ」としか言えない。「責任の所在」は先人にあり、自分にはほとんどゼロ。
・微かにある?選んだ責任は「だってそう書いてあるから」「だって先生が」(笑)「だってだって……」(繰り返す)

子供か(笑)!
(実際はもっと酷い。字が小さいとか、「微笑」で済ましたり、「楽しませてもらった」とか……意味わからん。オモチロイけど(笑)アホ過ぎて)

話が剃れました…。

(少なくとも)言論人、研究者、学者…に必要な「自身の言説、理論、論考の責任」の放棄…と、私は思っています。

無責任だな…最初から…と。

ここにみられる「態度」や「習性」が、本人の無自覚?の「無責任さの醸成に繋がってる根っ子」と考えています。
…………
(彼はいつも)イキッてはいますが、無自覚なのか、鈍感なのかわからない…ですが、今回も「繰り返し」だな…と感じる次第です。

以上で今回はおしまい。

今回、笹さんのブログには「取っ掛かり」を得ました。

ありがとうございました。

また機会があれば、私も突っ込みたいかと。今回は、こっそり「策謀」仕込んでたので突っ込みました。

また、本人が一番?(笹さんに)読んで欲しかった箇所…には「誰も触れなかった」のが、笑えます。(たぶん笹さんは気づいてすらいないよ(笑)……可哀相な暗い山さん)

オマケ)余談…ですが、彼の「読みにくい文章」について。瞑想や座禅…に通じる手法ですが、ノートに、「思いつくまま」浮かんだことを「そのまま」書いてみてください。

そのまま…です。

何も浮かばない…と思ったことも「そのまま」、「何も浮かばない」と書いてください。

繰り返し浮かぶなら、そのまま「繰り返し」書いてください。「ふざけんな」とか「なんの意味がある」とか「やだやだやだ」とかも(笑)なんでも。

で、20分くらい(!)頑張って書いたら、読み返してください。

あら不思議。

なんと…暗い山さんの文章に…なんか…良く似てる。
でもスッキリ(笑)…「本人は」。


お試しあれ。

これ…笹さんブログ冒頭部分への「私なりの実例を」呈示してみました。
意外に「みんながみんな」脳内散らかってますから(笑)
まあ、普通あんな(倉山の)文章?は、公表…販売しない(笑)

4 件のコメント

    サトル

    2025年9月21日

    コメントありがとうございます。
    いつになく、真面目に書こう…なんて考えてしまい汗、メタメタになってしまい恥ずかしい限り…です。

    「人は見た目が9割」という、ちょっと面白い本がベストセラーに昔なりましたが、言葉を生業にしてる出版社、政治家は、良く考えて欲しい。
    「まあ…口は悪いケド、知識(実は単なる蘊蓄)は…」ではないから、このご仁。
    そんなかわいい?レベルではありませんよね。

    mantokun

    2025年9月21日

    お疲れ様でした。私が倉山構文を読むと気持ち悪くなるのは、一切整理されてない思考をただ思いつくまま、読み手に伝えたい論点もなく起承転結も考慮せず、ダラダラと書き連ねているだけだからです(しかも普段の思考回路を反映してなのか、無駄に他人への見下しや侮蔑的表現が多いから余計に不快)。政界の浄化とか言う前に自分の頭の中を整理してほしい。

    他人の脳内の呟きをそのまま見せられるなんて、読み手はたまったもんじゃないですよね。何回も書いてますが、SPA!はこんな駄文で読者から金取るな💢

    サトル

    2025年9月21日

    基礎医さん
    今回も編集…ありがとうございました。
    (最終…遅れてしまい御手数おかけしました。散らかり過ぎてやり直してしまいました…)

    補足…にございます。
    触れなかった箇所…とは、以下(P39より)
    「…ところで熱心な読者の中には、「お前、国民民主党の玉木雄一郎…」(以下バッサリ略します(笑)

    ※これ…笹さんが「倉山の総裁…ネーミング論(笑)」に関して書いたこと…と思われます。「熱心な読者」は、2人しかいませんし(爆)

    以降笹さんのブログでの取り上げ量少なくて淋しかったんだね、よちよち。

    この文も、「なんでこれをここで書く?」な展開の「1文」です。
    意味わからん。あるとしたら…な、私の邪推(爆)です。

    気持ち…「成仏」したかしら?
    今回笹さんに長めに取り上げてもらって…と思っています。

    基礎医学研究者

    2025年9月21日

    (編集者からの割り込みコメント)今回も、ごくろうさまでした。いや、今回は本文へのツッコミが少ないな?と編集していて思いましたが、タイトルが実はそれを暗示していましたね(倉山構文・・・)。で、なるほど。「双方向への対話」と「無責任」ですか?まあ、正直、こういう言論人は倉山以外にもいるでしょう。しかし、際立っているのが”この方”という点には、同意(加えて、妙にゲスな感覚(# ゚Д゚))。実際、この方、言論ストロンスタイルだけこういう構文なのかと思ったら、正論の論文でも、基本こんな書き方でしたね)。
    で、なるほど。心に思いついたことを、そのまま20分書く。そうすると、こんな文章になるのか(蘊蓄はあるから、それで粉飾も忘れずにと)?兼好法師の「つれづれなるままに~」とは、偉い違いや!?

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