平城宮跡に「東楼」現る 高さ30メートルの巨大屋根、ゆっくり移動【朝日新聞】

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平城宮跡に復原整備工事中の「東楼(ひがしろう 西楼・にしろう 第1次大極殿院(だいごくでんいん)の南正面、大極門(南門)をはさんで、左右対称の位置に立つ建物のうちの1つ)」について、朝日新聞が報じていました。

平城宮跡に「東楼」現る 高さ30メートルの巨大屋根、ゆっくり移動【朝日新聞】

第1次大極殿院は、710年に元明天皇によって造られた平城京の中枢。当時の東楼は730年ごろ、南門(大極門)の傍らに建てられたと考えられている。

この出来事は、多数のメディアが伝えていましたが、710年に元明天皇によって造られた平城京の中枢と、女性天皇ゆかりの地であることを報じていたのは、朝日新聞だけでした。

平城宮跡歴史公園 第一次大極殿院「東楼」が新たに姿を現します
~ 復原工事中の「東楼」を覆う約 665 トンの 素屋根が「大極門(南門)」を跨いで 83 メートル移動します ~
【国営飛鳥歴史公園事務所 平城分室】

1998年に世界遺産に登録されている平城宮。さらに今年の1月、政府は2026年の世界遺産登録を目指し、「飛鳥・藤原の宮都」(奈良)を推薦すると閣議了解しています。

復原が進められている平城宮跡に加えて、「飛鳥・藤原の宮都」も世界遺産に登録された暁には、奈良が優れた女性天皇を多数輩出している奈良への注目度がいや増し、
「愛子さま立太子」の慶賀をお祝いするに相応しい地となることでしょう。

「愛子天皇への道」サイト運営メンバー まいこ

1 件のコメント

    SSKA

    2025年10月7日

    奈良時代のイメージも最新の研究が徐々に浸透して一般も触れられる状態から、自分が学生時代に学んだ同じものでも視点の方向や視野の広がり方がだいぶ違っていて昔に比べより親しみ易く興味を持たれ易くなっている印象です。
    改めて高市ですが、一見民情を吸い上げる風を装って選挙に勝ちながら地元の歴史も直近の人事に表れている政治でも頭が古臭くカビが生え過ぎて全く使えない印象でアップデートし切れず時勢に対応出来ない未来が既に見えている気がします。

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