正倉院展について、読売新聞が報じています。
正倉院展が開幕、ファン至宝堪能…開眼会の筆のパワー実感【読売新聞】
(奈良県)大和郡山市の高校3年生は「天平宝物筆(てんぴょうほうもつふで)」と藍染めの 紐 「 縹縷 」に興味津々。「教科書にイラストでも描かれていた大仏開眼会を目撃したような気分。縹縷を持ったみんなの信心が筆先に込められたと思うと、パワーを感じた」と目を輝かせた。
先日、正倉院に足を運び、「 瑠璃坏 」や「蘭奢待」、「天平宝物筆」や「 縹縷 」などを鑑賞後、東大寺で、金剛力士像や廬舎那仏(大仏)、撫でると病気を治してくれるびんずる様にもご挨拶してきました。

目録や公式HPによれば、752年に孝謙天皇(こうけんてんのう)が催行した東大寺の大仏開眼会(だいぶつかいげんえ)で大仏の目を点じた時に用いられた「天平宝物筆」に、全長約198メートルの「 縹縷 (はなだ・紺色の紐、または糸)」が結ばれ、孝謙天皇、聖武太政天皇(しょうむだじょうてんのう)、光明皇太后(こうみょうこうたいごう)をはじめ参列者が手に取って大仏に祈りを捧げ、功徳にあずかったとのこと。
天平宝物筆(大仏開眼会に用いられた筆)【正倉院展】
大仏開眼会を催行した最も権威ある孝謙天皇が「縹縷 」を手にしていたのなら、本当の意味で仏に目を点じた=魂を入れたのは女帝、すなわち女人入眼(にょにんじゅげん)になるのでしょう。
新しく仏像を製作したとき、最後に目を入れるわけで、それが入眼である。その儀式が開眼供養で、752年に開かれた東大寺の大仏開眼供養会は1万人もの僧侶が参列し、国際色溢れた大イベントだった。女人入眼とは、女性が最後の仕上げをするという意味である。
慈円(じえん 平安時代 末期から 鎌倉時代 初期の 天台宗 の僧、歌人。 歴史書『愚管抄(ぐかんしょう)』を記した)は、そのきざしを、飛鳥時代から奈良時代にかけて女性の天皇が次々と現れたことに求め、「女人が此国を入眼(じゅげん)すると伝えられているのはこのことである」と指摘していた。
「愛子天皇」実現は逆に加速する…【プレジデントオンライン】
3年ぶりに拝した大仏さまを訪れる人々のほどんどは、海外から。
古代に初の女性皇太子となり、玉座についた孝謙天皇が魂を入れた廬舎那仏に世界中から人々が集まるように、近現代を通して初の女性皇太子となる方も、途方もない尊崇を集め続けるように思いました。
「愛子天皇への道」サイト運営メンバー まいこ
4 件のコメント
まいこ
2025年11月8日
れいにゃんさん、コメントありがとうございます。
北円堂は、開帳の際に行き合わせて拝観したことがありますが、
元明・元正天皇が創建を命じたものとは存じ上げませんでした。
お陰様で興福寺から東大寺にかけての広大なエリアを、今後は
女性天皇ゆかりの祈りの地として歩くことができそうです。
れいにゃん
2025年11月8日
今年の正倉院展は、例年にも増して大盛況の内に幕を閉じるのですね。天平宝物筆と縹縷が来年以降も公開され、孝謙天皇の業績がもっと世に広まることを願います。
実は、先日の東京でのゴー宣DOJOの後、上野で開催中の特別展運慶を観てきました。興福寺の、鎌倉復興当時の北円堂内陣を再現した展示は圧巻で、興福寺の創建は、元明・元正天皇が長屋王の命じたもの、ということが、出口付近ににサラリと提示されていました。令和まで伝えられる祈りの場と、国宝誕生の礎を築いたのは、母娘二代の女性の天皇であったこと。ブログを読んで、奈良正倉院の賑わいと呼応しているようで、嬉しくなりました。
まいこ
2025年11月7日
mantokunさん、コメントありがとうございます。
せんとくんよりまんとくん推し、キーホルダーも愛用中なので、mantokunさんも鑑賞されているといいなあと思いつつ、長年、観たかった「瑠璃坏」などの宝物に目を奪われていました。
さらに今回は、「天平宝物筆」と「 縹縷」を鑑賞して、廬舎那仏や東大寺が孝謙天皇という女性によって魂入れされたことも実感できました。
講書始の儀で、御三方が白い礼服をお召しであったという大仏開眼会が取り上げられた年に、この二点が展示されるめぐり合わせ。
愛子さま立太子への歴代天皇方の後押しを感じずにはいられません。
mantokun
2025年11月7日
まいこさんも正倉院展を観覧されていたのですね! 実は私も先の連休中に拝観してきました。さらに今回は久しぶりに東大寺境内も散策し、大仏様は拝観しなかったのですが、金剛力士像を見上げてきたところでしたので、偶然とはいえなんだか嬉しいです。
また、素晴らしい過去記事のピックアップもありがとうございます。女人が最後の仕上げをすることこそ、女神の子孫が治める神国にして、仏教東漸最後の地でもある日本では、最も祝うべき伝統に適ったやり方なのだということがよく分かりました。
余談ですが、今年の正倉院展はチケットも早々に完売し、会期中にもかかわらず図録も品切れになったとのことで、注目度の高さがうかがえました。瑠璃杯や黄熟香(蘭奢待)などの有名な宝物が出陳されたからかもしれませんが、これらの宝物が1300年近くもの間、これほどの美しい状態を保って伝世されてきたのは、天皇がただの権力者ではなかったからでしょう。
天皇が常に民を思いやり、権力ではなく権威を保ち、民からも慕われた君主であったからこそ勅封が効力を持って、正倉院宝物を長年にわたり守り伝えてこられたのです。そして、その貴重な宝物を戦後間もない時期から皇室が公開してくださり、毎年秋に国民が間近に観覧することができるのは有り難い限りです。
天皇と国民の相思相愛の関係こそが、日本が世界に誇るべき国柄なのだということを、正倉院展の度に改めて思い知ります。