男女公平が根付くには

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サオリンさんのポストです。

もう、この通りなのですが。
「両陛下のお子さま」「国民からの絶大な人気」

ぜひ、私たちの君主になっていただきたいですし、これ以上の方はいらっしゃいません。

ただ、やっぱりこの手のポストが付きます。

この方は愛子さまが好きな方のようですね。
であるならば、
なぜ次代が問題になるのでしょうか。
愛子天皇に釣り合うお相手って悠仁さまだけなの?

この方の書き方は、愛子さまでなければ「必ず子供を産め」でいいのか?と感じてしまいます。
それか隠れ天皇制廃止論者か。
皇位は世襲と決まっているなら、当事者に負担がかからない制度にするのが臣民の務めと感じます。

次代が問題になるのは、愛子さまが「女だから」です。
この方の文章を見ると「無意識の男尊女卑」がよくわかります。
よしりん先生のブログ昨日の「ゴー宣道場」は楽しかった。

そして、男女平等ではなく、「男女公平」の感覚が、
何が何でも、これからの日本に必要だという話も、
男も、女も、さっぱり分かってないので、粘り強く
説いていかねばならない。

「男女公平」がこれからの日本のキーです。
少子化に歯止めをかけるには必要不可欠。
このサイトからも粘り強く発信してまいります。

そして、#愛子さまを皇太子に

文責 愛子天皇への道サイト運営メンバー ふぇい

5 件のコメント

    ダダ

    2026年2月16日

    皇統は双系。ゆえに万葉一統。伝統を守ってきた強靱さがある。
    それに引き換え、万世一系の何と か細いことか。

    mantokun(新HN考案中)

    2026年2月16日

    必ず子供を産めと愛子さまには要求できないけど、悠仁さまのお妃になる方には「必ず男子を産め」と要求するのは構わないんですかね? 旧宮家の子孫をいくら養子に入れてもそれは同じことです。天皇が血筋によって継承される世襲の地位である以上、出産という命懸けの行為を必然的に女性皇族あるいはお妃に願うことになるのだから、せめて性別の縛りだけでも無くさなければならないというのが、女性・女系天皇に賛成する我々の主張です。ましてや天皇は「国民統合の象徴」で、女性天皇も女系天皇も過去に存在していたのだから、性別の規定など本来無意味かつ不要なのは明らかです。

    先日の公論イベントの中で、小林先生がおっしゃっていた「青い目の天皇が誕生したらどうする!と言う奴もいるけど、構わないじゃないか」というご発言に私も同意しますし、その柔軟さに改めて感銘を受けました。日本には天皇がいらっしゃるのだから、移民を必要以上に恐れ、外国人排斥を訴える必要はないはずです。

    日本人としての公共心を備えていれば、海外にルーツを持つ人々であっても日本国民です。
    天皇はそうした人々のことも包摂した上での国民統合の象徴たり得ます。実際に、平安京遷都を成し遂げた桓武天皇の母である高野新笠は百済からの渡来人の末裔でしたし、神功皇后も新羅から渡来した天日矛の子孫だと言われています。大陸で王朝が興亡するたびに、日本が大陸から大勢の移民を受け入れてきたことは「日本書紀」にも記されています。日本には今も、古代朝鮮語に由来した地名や神社名は数多く残っています。
    愛子さまのお子様か、何代後かの子孫の時代には、欧州にルーツを持つ青い目の方が天皇になられたとしても、全く不思議ではありません。

    日本は縄文時代以来の双系社会であり、性別よりも上に「公共心」という価値を置くことができました。その価値を体現されたのが天皇というご存在で、天皇が民を「大御宝(おおみたから)」と呼び習わしてきたことにもそれは表れています。上皇陛下が「皇室とは国民と苦楽を共にする存在」だとおっしゃっていることは、まさにこの伝統を引き継がれたたものです。

    男系男子でなければ天皇ではないというのは、天皇が何かを全く理解していない真っ逆さまの理屈であり、天皇という地位の核心を破壊する言説です。

    SSKA

    2026年2月16日

    母親は劣っているから、子には継げない(男以外には無理なので外から招き入れる)と無意識に唱えるのも穢れを根拠にしたものです。
    母の胎内が基点となり血筋も保持され継続するのを何故忌み嫌うのかは古代の建国論にも繋がりますが、後付けで他所から学んだ外部の思想に寄り掛かり隷従して偉そうにしているだけで未来永劫男が必ず優位に立つと言い切るのに根拠は全然無く、戦乱を制するのに武力が必要とされた時代の名残で男性やそれに近い像が求められたとしか言い様がありません。
    やはり皇統の様な立派な存在は自国では生まれず異国から武力を伴って訪れたと天孫降臨を解釈して英雄を渇望する古い歴史観が根を張って蔑んでいるのとまたそれを支那思想が上書きする事によって、本来の母系や双系を重要視する社会の行く手を拒んでいる様に思えます。

    SSKA

    2026年2月16日

    しつこい様ですが、血統が変わると言う変化のプロセスについて文化、社会、歴史、更に現代は科学や遺伝子からも前後で何がある(あった)かをその背景にある人心から捉え論証しない限り男系論は何の意味も持ちません(革命と呼ぶのなら何が具体的に変わるか)。
    我々は生れついての支那人じゃないんですから。

    SSKA

    2026年2月16日

    血を受け継ぐのも愛子様を通じてで何も問題ありません。
    女系とは単に女性をその時や期間に経由したと言う意味以外ないので、その過程で血統の属性が変わる等と言う事が日本人の観念の中ではそもそもあり得ません。
    属性と言うのもそれがあるか無いか信じるのは判断する人間の心の問題でしかないので、幸い日本国民は男と女で区別をつけないのが神話から残る古代からの習わし、それがシナや西洋の価値観が優れているからと吸収していた期間が間を挟んで長くあった為に忘れ去られていただけの事です。
    日本書紀は書かれた記述自体真実とする様な民族のルーツではありません。
    古代日本人が高い文明を持つ他地域と競合して生き残って行くに当たり、固有の価値観を一旦下がらせたり脇に置きながらも遺す為にどうするかと悩んだ末の葛藤の痕跡が封入された史書と捉えるのが歴史に対する真摯な見方だと考えています。
    「国体」に対しては国民と皇室の良好な信頼関係を体現し、国家を安定させる意味で捉えるべきで、間に横恋慕の形で旧宮家系を無理に割って入れて押し込めようとする無粋な行為は多くのものを傷付けるので全く反する事をいい加減思い知るべきでしょう。
    男系(単なる男尊女卑)への追慕等、穢れ思考で支配したい一部のけったいな連中を除き誰一人持ち合わせていないんです。

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