サトルです。
竹田恒泰氏の靖国神社についての動画文字起こしを読みました。
今回も、竹田氏が靖国神社をどう考えているのか、その思想そのものを批判するつもりはありません。また、「天皇陛下は靖国神社へ御親拝されるべきだ」とも、「されるべきではない」とも、私はここでは言いません。
私が気になったのは、もっと単純なことです。最初に話していた問題と、最後に視聴者が納得させられている問題、本当に同じですか?
今回はそこを見てみます。
1 最初の問題は「なぜ御親拝されなくなったのか?」
竹田氏は、昭和天皇が昭和50年(1975年)を最後に靖国神社へ直接御親拝されなくなったことについて話します。そして、その理由については、さまざまな説があるものの、結局のところわからない、という趣旨の説明をしています。
なるほど、わからない。
なら、ここはいったん、そのまま受け取りましょう。
ところが竹田氏は、
その後、勅使は現在も靖国神社へ遣わされている。
天皇陛下は御所から靖国神社を遥拝されている。
だから、「精神的には何も変わっていない」
という方向へ進みます。
ん?
最初は、「御親拝されなくなった理由はわからない」だったんじゃあ…。
ところが、いつの間にか、「お気持ちは変わっていない」ことはわかっている。まず、ここで一つ「継ぎ目」があります。
2 「わからない」のに「政治問題を避けるため」はわかる?
さらに話は進みます。直接御親拝されれば政治問題になる。だから、勅使と遥拝という形を取る。いわば、外形を変えただけで中身は変わっていない、という説明です。
……ちょっと待ったぁ!
御親拝されなくなった本当の理由は、わからなかったのでは?
「政治問題化を避けるためだった」というのは、まさに、なぜ直接御親拝されなくなったのかについての説明です。ならば、「理由はわからない」から、「政治問題を避けるため形式を変えた」へ進む間に、何が追加されたのでしょう?
ここ、よくわかりません。
3 ところが、ここから話の舞台が変わる
そして後半。
竹田氏は視聴者に、「自分が靖国神社に祀られている英霊だったと想像してみてください」という趣旨の話を始めます。
天皇陛下から勅使が遣わされる。さらに御所から遥拝していただく。それでも、「いや、直接来てくれなければ嫌だ」と思うでしょうか?むしろ、「そこまでしていただければ十分です」と思うのではないか。
そんな方向へ話が進みます。非常にわかりやすい。確かに、そういう場面を想像すれば、「ありがたい」と感じる人は多いかもしれません。
でもね、竹田さん。
それ、最初の問題でしたっけ?
4 「英霊ならありがたい」と「天皇陛下のお気持ちは変わっていない」は別問題
ここ…ちょっとわかりやすくするのに、分けてみますね?
A:天皇陛下が靖国神社を直接御親拝されなくなった理由は何か。
B:天皇陛下の靖国神社に対するお気持ちは以前と変わっていないのか。
C:勅使や遥拝を受けた英霊は、それをどう感じるのか。
うーん。全部別の問いになりませんか。
いつの間にかCの、「英霊なら、ありがたいと思うでしょう?」で得られた納得感が、AやBまで説明したように働いている。でも、英霊がありがたいと思うかどうかを想像しても、昭和天皇が御親拝されなくなった理由はわかりません。そして、英霊がありがたいと思うかどうかを想像しても、天皇陛下の内心が以前と「まったく同じ」であることも証明できません。
*C→A+Bではない。C→A、C→Bに必要十分性の関係はない(A→C,A→Bの関係は成り立たないから)。故に、A, B, Cは相関のある関係ではない(by基礎医)
ここ、橋が架かっていないどころか、途中で目的地が変わっていませんか?
5 これは「英霊が不満を言っている」という話だったのか?
もう一つ気になります。
竹田氏の話し方では、「勅使まで遣わされている。遥拝までされている。それでも直接来てほしいと言うのか」という構図になります。でも、本来検討していたのは、「英霊が現在の形に不満を持っているか」だったのでしょうか?
少なくとも、最初の問いはそこではありません。ところが、視聴者を「英霊の立場」に置いた瞬間、論点が、「なぜ御親拝されなくなったのか」から、「そこまでしていただいているのに、それでも不満なのか」へ変わる。後者に対して、「いや、それでも不満です」とは、なかなか答えにくい。
つまり、非常に強い問いになっています。ただし、答えにくい問いを作ったことと、元の問いに答えたことは同じではありません。
6 ここに「藁の香り」がする
私は、ここに少し藁人形論法のようなものを感じます。ただし、典型的な藁人形論法だと断定するつもりはありません。誰かの主張を明確に、「勅使なんか意味がない」「遥拝ではありがたくない」「直接来なければ英霊は納得しない」と紹介して、それを反駁しているわけではないからです。
むしろ今回起きているように見えるのは、本来検討すべき問いとは少し違う、答えを導きやすい問いを途中で作り、その問いへの強い回答によって、元の問題まで片付いたように見せるというものです。
だから「藁人形そのもの」というより、藁の香りがする。
そのくらいにしておきますね…。
*さらに続くのですが、(編集長権限により)2つに分けます。
1 件のコメント
サトル
2026年9月15日
今回も掲載ありがとうございます。
今回は、ちょっと難しいかと正直思います。
簡単に言うと、三橋と竹田は、その手口が違うからです。
三橋は、事例を次々に並べて、結論まで【繋がっているように】見せる。
竹田は、【イメージを次々に繋いで】、読み手を別の場所へ運んでいく。
この違い。
事例と連想の違い。
だから、竹田は論理的反論が厄介。
今回でいえば、
天皇陛下と英霊…あなたに浮かんだイメージはなんですか?
2つに共通したイメージ。
さらに、
天皇陛下と英霊の関係性で浮かんだイメージ…。
まさに、そのイメージに、竹田は畳み掛けるのです。