「尊皇心0」な輩は永遠に呪われろ!

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 「愛子さまサイト」のサブカル担当Sです。映画「陰陽師0」をご覧になった方はおられるでしょうか?今回はコレを題材に書きました。本作は掛け値なしにオススメできますよ。(以下ネタバレあり)

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 私は本作を『源氏物語~another one』あるいは「光る君へ0」だと感じました。と言うのも、『源氏物語』の前半は賜姓降下で源姓となった美男子が帝の女御や皇族女子にも手を出して都をザワつかせる物語ですが、「陰陽師0」は臣籍降下した貴族男子・源博雅(染谷将太)が皇族女子・徽子女王(奈緒)との身分違いの恋に悩んだ末に身を引く悲恋が主題であり、若き安倍晴明(山崎賢人)の呪術的な活躍や陰陽寮の権力闘争などは添え物に過ぎないと感じたからです。

 源博雅は醍醐天皇の孫にして克明親王の子、つまり元皇族の貴族であり、官職は中務大輔で、雅楽家としても高名(龍笛と琵琶が得意)です。そして徽子女王も醍醐帝の孫ですが、臣籍降下していないので皇族です。徽子は斎宮として伊勢に下向していた頃から博雅を恋い慕っており、実は博雅も同様でした。

 二人は共に醍醐帝の孫、つまり従兄妹同士ですが、日ノ本では神話の時代から近親婚(伊耶那岐&伊耶那美、鵜葺草葺不合&玉依姫etc.)が普通に有ったため問題はありません。問題なのは、①源博雅が臣籍降下した貴族で徽子女王が皇族であるという身分差(君臣の別)と、②徽子が今上帝(村上天皇:板垣李光人)から側室として入内するよう請われていたこと(主上の意向)でした。

 以上から読み取れることは、古代~中世の日本における「君臣の別」の絶対性です。それは、自分の代で臣籍降下した貴族男子であっても、互いに好き合っている皇族女子との結婚を躊躇う程の「絶対性」なのです。であれば、約80年前に先代や先々代が臣籍降下した臣民(竹田・久爾・東久邇・賀陽…)が、その家柄(男系血統では20世・600年以上も前に分岐したのに?)を根拠として皇族女子との結婚を望んだり、婚姻も経ずに(違憲立法の養子縁組で)皇族に成り上ったりなどは言語道断です。尊皇心を欠片でも持っていれば、源博雅のように身を引くはずです。「君臣の別」を破壊して皇室を消滅させたがる「尊皇心0」な輩は日本史上の全臣民から呪われましょう。

 ちなみに筆者が「陰陽師0」を「光る君へ0」だと感じた理由は、「光る~」の前史として藤原兼家(段田安則)らが源高明(賜姓降下した醍醐帝の皇子)を追い落とす政変があり、後に高明の娘・明子(瀧内公美)が藤原道長(柄本佑)の妾となりますが、徽子や博雅は明子の遠い従兄妹に当たるためです。    

文責:京都のS

13 件のコメント

    京都のS

    2024年4月29日

     「陰陽師0」の話題に戻ります。安倍晴明(山崎賢人)と源博雅(染谷将太)はホント良いコンビです。徹底した合理主義者の晴明と感情だけで突っ走れる博雅だからこそ最高のバディーです。2人が敵の呪術に囚われた時、博雅の龍笛が晴明を正気に返らせましたし、徽子を帝と取り合う形となった博雅が心に蓋をしたことが敵の呪術から逃れ難くしたという場面では、晴明の理性が博雅に向かうべき方向を指し示しました。理性と感情は、どちらが欠けてもダメです。
     ところで、「合理と感情の間」( https://aiko-sama.com/archives/38156 )も是非ご覧ください。

    京都のS

    2024年4月29日

     キケロ様、「光る君へ」は寓話として最高ですね。
     理想の政とは「民のための政ではなく家の存続だ」という兼家イズムを継承した道隆(井浦新)でしたが、入内させた娘の定子(高畑充希)は一条帝(塩野瑛久)との間に皇子(♂)は出来ませんでした。要するに摂関政治とは娘の「産む機械」化でした。
     また疫病に苦しむ民を放置しつつ後宮では帝夫妻と若手公卿が遊びに興じていました。清少納言(ファッサマ)を始めとする女流文学も花開き、雅な宮廷文化が隆盛したとは言えますが、徳による政をしなかったために易姓革命で倒されたという隋朝の故事を記した『貞観政要』を引きつつ一条帝(塩野瑛久)が苦言を呈しても道隆は全く聞き入れませんでした。挙句の果てには定子(高畑充希)に「皇子を産めぇ~」、一条帝には「伊周(道隆の嫡男:三浦翔平)を関白にぃ~」と迫り、そうした醜態を晒しつつ飲水病(糖尿病)で亡くなりました。
     まひろ(紫式部:吉高由里子)との約束を果たすべく道長(柄本佑)は「民のための政」を目指すも、権力の階段を上るためには兼家(段田安則)・道隆と同様に娘の彰子(見上愛)を「産む機械」化しなくちゃならないため、道長の末路は一体どうなっていくのか?に注目が集まります。
     女子を「産む機械」化した権力者は必ず悲惨な末路を辿るという寓話(主人公補正の効いている道長とて例外ではない!)を世に蔓延る男系派諸氏に見せてやるべきです。それが皇族女子たちの溜飲を少しは下げることに繋がるのでは?と考える次第です。

    キケロ

    2024年4月29日

    >> 京都のS様
    「逆に宇多帝・醍醐帝の「異例」こそが摂関政治(藤氏長者の娘を娶らされ、その子が皇位を継ぐと外祖父が絶対権力者となる)によって歪められた結果だと言えましょう。」

    とくに宇多帝と醍醐帝、臣下から皇籍復帰して天皇になった先例は、いわば関白藤原基経による独走ですからね。

    ところで昨日の大河ドラマ「光る君へ」を見ていて思いましたが、藤原道隆(井浦新)の最後を見ていて「皇子を産め~」というのが印象的でした。
    とかく天皇や皇族というと皇位継承に終始しがちで、確かに大切なことでもあります。しかし時々、「皇子さえ産んでくれれば安泰」というような話も聞くので、ドラマで描かれていた藤原道隆(井浦新)の最後のようになってはいけないとドラマを見ていて思いました。

    京都のS

    2024年4月28日

     それにしても「光る君へ」のユースケ・サンタマリアと「陰陽師0」の山崎賢人、余りにも違う2つの晴明像です。「光る君へ」と「陰陽師0」のどちらも、愛子様に観ていただきたく思いますね。

    京都のS

    2024年4月28日

     さらうどん様、※ありがとうございました。
     日本は「ペリーに強姦され、マッカーサーに去勢された」と言われます。「君臣の別」はペリーショック(欧米崇拝・キリスト教浸透…)でも犯されませんでしたが、マッカーサーショック(従米・反天左翼隆盛…)以降は右側に統一協会が浸潤していくと共に、左右の共犯関係の中で次第に破壊されてきたように感じられます。
     皇族方は立憲君主として憲法を順守する姿勢を貫いておられるのに、政治屋は米国政府に言われるまま解釈改憲(自衛隊法・PKO法・安保法…)を繰り返すうちに違憲立法が悪いコトだという感覚が完全に麻痺したようです。「新型インフル特措法」の「緊急事態宣言」も同様の線上にあり、このままではイチ法律としての「皇室典範」も弄らないまま、憲法14条違反の特措法により旧宮家系国民男子(憲法3章適用)と皇族(憲法1章適用)とを養子縁組させかねません。
     どうしようもない存在ですね。政治屋は。

    京都のS

    2024年4月28日

     キケロ様、※ありがとうございました。
     確かに源定省(後の宇多帝)と源維城(後の醍醐帝)は揃って皇籍復帰しました。皇籍を離れた人の復籍を厳格に禁じたのは近代に成文化された典範(明治&昭和)であり、従って前近代においては(宇多帝・醍醐帝という)「前例」「先例」があるとは言えます。
     しかしながら、賜姓降下して竹田・久爾・東久邇・賀陽…となって80年近くも経ってから、現行の日本国憲法や皇室典範に違反してまで皇籍復帰させようなどという案は、憲法を尊重すべき立憲君主のあり方としては完全に狂っています。
     ところで「陰陽師0」劇中の源博雅の態度は、少し前の御先祖における「異例」を思えば、少し頑なだと言えなくもないですが、当時の意識としては「君臣の別」は犯しがたいものだったのでしょう。逆に宇多帝・醍醐帝の「異例」こそが摂関政治(藤氏長者の娘を娶らされ、その子が皇位を継ぐと外祖父が絶対権力者となる)によって歪められた結果だと言えましょう。

    さらうどん

    2024年4月27日

    「君臣の別」という暗黙のルール(文化)は、敗戦による欧米列強からの文化侵略によって潰えてしまったのでしょうか。昭和天皇が身を挺してギリギリのところで日本を救って下さったのも、「皇室は国民という大海に浮かぶ珠玉の船である」ということが根底にあったからだと思います。他の国々では考えられないくらいに、臣下の民は矛を収めました。それから戦後80年近くが経過しようとしている今、陛下や皇室の方々は憲法上の立場を遵守されることに関しては徹底されておられるのに、臣下の政治家は、憲法を守る意識が希薄過ぎて、どういうことなんだろうと思ってしまいます。物語を通じて右脳を刺激して歴史を感じるというのは改めて大事ですね。

    キケロ

    2024年4月27日

    「二人は共に醍醐帝の孫~(中略)~問題なのは、①源博雅が臣籍降下した貴族で徽子女王が皇族であるという身分差(君臣の別)」

    上記について、「陰陽師0」を見ていませんので、どういう描かれ方かはわかりませんが、そもそも祖父である醍醐帝が源維城として生まれていることから考えるとすごく興味深い感じですね。

    おそらく物心つく前には父親の宇多天皇(臣籍時は源定省)とともに皇籍復帰しているので、その頃の記憶があったかもわかりません。またそもそも皇籍復帰した話が公になされたものとは思えないので、それを知っていることもないでしょう。

    確かに近代以前の身分さは相当なものであり、今期大河ドラマの「光る君へ」を見てても高貴な身分(大臣を輩出した家)と下級官人(まひろの父親)、民(まひろが文字を教えていた女の子やその家族)では価値観が全然違いますね。

    fei

    2024年4月27日

    投稿ありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします☆

    京都のS

    2024年4月27日

     お手数を掛けました。直していただき感謝申し上げます。m(_ _)m

    京都のS

    2024年4月27日

     え?文脈的に「男系血統では20世・600年以上も前に分岐」と「違憲立法の養子縁組」はウンコ色です。そして「悲恋」は鮮やかな赤です(泣)。

    fei

    2024年4月27日

    京都のSさま
    ふぇいでございます。
    「悲恋」の赤色は、4段落目の「男系血統では20世・600年以上も前に分岐」等の赤い文字と同じ色で表記しています。

    京都のS

    2024年4月27日

     掲載ありがとうございます。でも4行目の「悲恋」がウンコ色なのはいただけません(送った元の文章では赤色だったような…)。

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